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豊かさのニューノーマル

日本もこれからは、成長より「定常」。…どういうことでしょう?

京都大学の広井良典教授に聞きました(上)

アメリカに住む? 考えたこともない」「移民もメキシコに帰っておいでよ」とメキシコの俳優・監督ガエル・ガルシア・ベルナル(38)は語りましたが、「個人のライフスタイルや幸せに重きを置く」という意味では、低成長が続く日本も考える時がきているようです。「定常型社会」を唱える京都大学こころの未来研究センターの広井良典教授(56)に、詳しく聞きました。3回に分けてお届けします。(GLOBE記者 宋光祐)





インタビューに答える京都大学こころの未来研究センターの広井良典教授=大島隆撮影


定常型社会とはなにか


――著書『ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来』(岩波新書)などで、「定常型社会」を提唱しておられます。そもそも定常型社会とは、どんな社会なのでしょうか。

経済成長を至上命令とせず、個人のライフスタイルや幸せにアクセントを置いた社会です。全体的にこれだけモノがあふれる時代になっている中で、過労死がいまだに起きるほど時間に追われる社会のありようは、どこかおかしいのではないか。成長をひたすら求めるのではなく、成長とは別の豊かさ、幸せを求めるべきではないかという考え方です。


――経済成長は必要ないということでしょうか。

経済成長を求めることがいけない、と言っているわけではありません。ただ、何でも成長を前提に考えると、例えば、成長がすべてを解決してくれるという前提で増税を先延ばしした結果、社会保障では借金がどんどん膨らんだり、誰も通らない道路を作ったりすることになります。成長により税収が増えて借金がなくなるという考え方では、結果として、将来世代にツケを全部回してしまう。だから、定常型社会のビジョンを土台にした方がいいのではないかということです。


――しかし、経済成長は絶対に大事だという反論は根強いのではありませんか。

2001年に『定常型社会 新しい「豊かさ」の構想』というタイトルの本を出した頃には、「そんな社会はあり得ない」という反応が多かった。主に団塊の世代やその上の世代の人は、ジャパン・アズ・ナンバーワンとまで称された高度成長の成功体験が身に染みついています。当時はすでにバブルも崩壊して、失われた10年と呼ばれる時代に入っていましたが、自分たちのサクセスストーリーの延長でやればうまくいくんだという意識が強いのでしょう。


今も日本社会の最上層部を牛耳っているのは、団塊の世代前後の人たち。ところが、若い世代になると、バブルといっても「聞いたことがある」くらいで、人口も減少する社会になっている。拡大・成長型ではなく縮小する社会がもう現実になっている。消費者に近い企業の現場では、モノを作っても従来のように売れなくなっているというのが実感でしょう。根本的に価値観が変わったとまでは言えませんが、近年になって定常型社会という考えが相対的に受け入れられやすくなっていると感じます。それどころか、人口減少が社会的な話題になった結果、定常型なんて、そんな贅沢は無理で、多少は減っていくのが当然だという意見さえ聞くようになりました。

広井良典教授=大島隆撮影

――マイナス成長もあり得るということでしょうか。

日本の名目GDPは1990年代半ばから、500兆円台でほぼ変わっていない。人口も2011年からは一貫して減り始めています。そうなると、今の経済成長を維持するのも難しくなる可能性があります。ただ、人口で考えると、減り続ければ社会が消滅することになり、持続可能性を考えると縮小し続けるのは望ましくありません。出生率2.0前後でバランスを取るのが本来の姿だと考えています。


アンケートをとると、育てる子どもの数として2人程度を希望する人が多い結果が出る現状を考えると、出生率は数十年かけて2.0へと回復していき、人口減少も7000万~8000万人で下げ止まる。人口がまさに定常化し、経済も定常型になるというのが穏当なところかと思います。この場合、東京の出生率がもっとも低く、沖縄の出生率がもっとも高いことにも示されているように、「24時間戦えますか」的な拡大・成長志向ではなく、ゆとりある生活や仕事と子育ての両立を図っていくことが、結果的に人口や経済にとってもプラスになるという発想が重要です。


――「定常」という言葉からは変化がなくなるというイメージも湧きます。

CDのヒットチャートをイメージしながら説明すると、売上額や販売枚数の総量は一定であっても、ヒットチャートの中身はどんどん変化していきます。量的には一定であっても質的にはどんどん変化していく。多くの人が定常型社会と聞くと変化のない退屈な社会だと思うのは、モノの経済にとらわれているからです。例えば、稲だけをつくる社会があって、毎年1兆円分を作るとしたら、それは稲をただ作っている変化のない社会ということになる。


しかし、今はモノではなく情報経済の時代です。500兆円のGDPを600兆円に増やすことに血眼になる社会より、500兆円のなかでどんどんイノベーションが起きる社会の方がクリエーティブでしょう。量を増やすことに躍起になるのは、ノルマをこなすような発想。そういう発想転換ができていないから、日本には閉塞感があるのではないでしょうか。


中編に続く



広井良典(ひろい・よしのり)

1961年生まれ。京都大学こころの未来研究センター教授。専門は公共政策と科学哲学。

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