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豊かさのニューノーマル

都市から続々 新潟・越前浜に引き寄せられる人たち

若い人たちが大都市から地方へ次々移り住んでいる、というのが前回のお話。驚くほどの関心の高まりですが、それにしても、なぜなのでしょう? 新潟の越前浜と隣の角田浜で、移住した人たちを中心に続くイベントがあると聞き、現地に向かいました。(GLOBE編集部・大島隆)


新潟市の南部にある越前浜は、その名の通り、海に面した小さな集落です。いまは新潟市の一部になっていますが、2005年に合併するまでは、巻町の一部でした。


およそ730人が住む集落は歩いて回れるほどの小ささで、古民家や蔵が点在しています。移住者が増えだしたのは10年ほど前から。正確な数字はないものの、数十人が住んでいるそうです。


この越前浜と隣の角田浜などで10月中旬、春と秋の恒例イベント「浜メグリ」が開かれました。移住してきたアーティストたちの作品展や地元で採れた食材を使った飲食店のほか、ワイナリーでの試飲や、改修した古民家見学など、たくさんのイベントがありました。なぜここに移住してきたのか。何人かの声を紹介します。


「地に足がついた生活」求めて 星名康弘さん(45)

星名康弘さんと泉さん=大島隆撮影

星名康弘さん(45)は2004年、建築設計事務所を辞めて独立したのを機に移り住みました。「自分のペースで仕事をし、地に足がついた生活がしたい」と文化財の修復専門のコンサルタントとして働き始めましたが、結局は全国を転々とする日々。越前浜に借りた古民家にはほとんど帰ることができませんでした。


「これではここに来た意味がない」と、思い切って、並行して取り組んでいた草木染めの仕事に専念することに。「ここではonとoffのスイッチを切り替えやすい。のんびりしようと思えばできるし、反対に長時間の作業をしてもストレスがない」。イベントの出店などで東京に行くこともありますが、東京だと、「誰にも言われていないのに追い立てられている気分になる」。


妻でガラス作家の星名泉さん(41)も、2007年に新潟市から移住した一人。最初に訪れたとき、「昔の日本に来た感じがしました」と泉さん。それまでの暮らしと比べ、「ここでは時間が2倍あるような感じがしました」と語ります。


「僕たちの人生が豊かになるため」 吉沢浩二さん(36)


3年前に、新潟市の中心部から妻の麻貴さんと角田浜に引っ越してきた吉沢浩二さん(36)。写真スタジオを構えたかつては、寝る間を惜しんで働く仕事人間だった、と振り返ります。「金を稼いだ奴が一番えらいと思っていた。男たるもの仕事ができないといけない、そんな風に考えていました」

吉沢浩二さんと麻貴さん=大島隆撮影

転機は、5年前に大病を患ったこと。「自分がどう生きていきたいのか、考えるようになりました。家族を大切にし、仕事中心じゃない生活をするために、家を持とうと決めた」


海が好きな吉沢さん。「僕たちの人生が豊かになるためにどうしたらいいか、考えてここを選びました」。角田浜での暮らしを「もともと豊かだった日本のベースに戻る」と表現します。


ここに住む魅力の一つは、都市にはない、人と人のつながりだそうです。「近所のおばちゃんがやさしくしてくれる。誰かはわからないけど(笑)、玄関に魚やネギを置いていったり。スイカは、味の違いで『あそこかな』と想像がつくようになりました」


「心に余裕が」 嘉向琴代さん(32)

嘉向琴代さんと雄太郎さん=大島隆撮影

1年前、新潟市の中心部から角田浜に移住してきた嘉向さん夫婦。古民家を買い、自分たちで改修しました。以前の暮らしとの違いは? 尋ねると、「心に余裕ができました。前に住んでいた家は狭いし、家の周りも交通量が多かったので子どもも外に出られず、イライラしていた。いまはみんな、バランスがいい感じです」。

嘉向さん夫婦の自宅。古民家を買い取り、少しずつ改修している=大島隆撮影

夫の雄太郎さん(33)は、近くの別の海岸で海の家を営みながら家具づくりをしています。「よくこんなところに来たねと言われるけど、こんなにいいところはないですよ」と笑顔でした。

 

「こういう仕事をずっとやっていくのか」と疑問。広告業界から転身 瀬戸潔さん(56)

ワイナリーを訪れた人に自分でつくったワインをふるまう瀬戸潔さん=大島隆撮影

角田浜でワイナリーを経営する瀬戸潔さん(56)は、東京出身。都内の広告代理店で働いていましたが、40代になり、現場を離れた管理職としての仕事が増え、「こういう仕事をずっとやっていくのか、と思うようになった」そうです。


イタリアワインが好きだった瀬戸さん。49歳で会社を辞め、好きなサッカーの応援を通じて縁ができた新潟でワイン作りの修行をし、ワイナリーをはじめました。「野菜や魚を、ワインと物々交換したりもします。ここで日常的に食べているものは素晴らしい。裕福な感じがしますね」。2013年にワイナリーをオープン。「いまはいろんな手段があるから、東京に住まなければ仕事ができないということはないですよ」。


       ◇


移住した理由はそれぞれですが、みなさんのお話を聞き、この地域の特徴に気づきました。一つは地理的な位置です。新潟市の中心部から車で30分あまり。地方へ移住する場合、地元で仕事を見つけることが課題になることも多いですが、ここでは新潟市の中心部に通勤することもできます。

越前浜の海岸。遠くに見えるのは佐渡島=大島隆撮影

一方で、最寄駅から離れて公共交通を使うには不便なこともあってか、昔ながらの風土や景色が残されています。この地域では、集落の外の世界を「世間」という言い方で表現するそうです。移住者の吉岡ちえみさん(37)は、「いい意味でここは、『世間』と離れ、自由にしていられる」と話します。


もう一つは、浜メグリの独特の雰囲気です。集落の中に点在する会場やお店では、イベントを開く人と訪れた人同士が語り合う場面をよく目にしました。長年「浜メグリ」に携わってきた吉岡謙治さん(40)は、「知り合いの知り合いの知り合い、くらいの感じ」と言います。


移住してきた人たちからはしばしば、「つながり」という言葉を耳にしました。このイベント自体も、昔から住む人、新しく来た人、そして外部からやってくる人々のゆるやかな「つながり」の中で生まれ、続いているイベントのように思えました。


地元の越前浜自治会では、移住者を積極的に受け入れています。自治会長の小川吉幸さん(72)は「新しい感覚を持った人が入って来て、人の流れがあるのが地域の活性化につながる」と話します。


大きな目標の一つは、少子高齢化に歯止めをかけて、地元の越前小学校を廃校から守ることです。全校生徒は現在約50人。小さな子供を持つ夫婦を対象に、自治会の共有地を格安で譲ったりもしました。


小川さんは、この流れを地域経済の活性化にもつなげたい、とも思い描いています。「浜メグリ」を観光に生かそうと、規模をさらに大きくして頻度も増やせないか。そんな声は小川さんをはじめ地元から上がっています。一方で、そうすると「浜メグリ」らしさが失われないか、と考える人もいます。


自分たちが住む地域の「豊かさ」とは何か。越前浜の取り組みや模索は続きます。






「豊かさのニューノーマル」取材陣はこちらです。

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