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豊かさのニューノーマル

ベーシックインカム、国の財源は?

ロンドンの研究者に聞きました

世界中でにわかに関心が高まる「ベーシックインカム(BI)」。暮らしに最低限必要なお金をすべての国民に無条件で支給するって聞くとバラ色のようだけど、そんな財源あるの? それに、みんな働かなくなるんじゃない? BIの議論とともに、日本でも賛否が広がっています。BIの研究者組織を約30年前につくり、その効果を訴えてきた英ロンドン大学のガイ・スタンディング教授(69)に、疑問をぶつけてみました。(聞き手:GLOBE記者 宋光祐)

英ロンドン大学のガイ・スタンディング教授=宋光祐撮影

――フィンランドでは今年1月、カナダ・オンタリオ州は今春にBIの社会実験を始め、オランダでも計画が進んでいます。スイスでも昨年6月、否決はされたものの、導入の是非を問う国民投票がありました。日本でも希望の党が公約に掲げて注目されています。どうしてこんなに今、世界中で注目を集めているのでしょうか。

「ここ3年ほどのうちに、世界中で爆発的な関心が生まれている。一つには、格差と経済的な不安があまりにも大きくなりすぎたことが理由だろう。もう一つは非正規で働く人たちが増えて、雇用が不安定になったこと。三つ目はこうしたことを背景に、社会的な不公平感がふくらんだ結果、所得を再分配する新しい方法が必要だと感じる人が増えてきたのだろう」


「過去1年間で考えると、ポピュリズムの広がりもBIへの関心を高めた。ドナルド・トランプが米大統領になって唯一やった良いことは、彼に反対する人たちが新しい政治システムにオープンな考えを持つよう、世の中を刺激したことだろう。BIは左派だけでなく、右派からも支持を集めつつある。右派というのは極右ではなく、大企業の経営者などだ」


――不公平感や経済的な不安というのは、先進国で続く経済成長の停滞を指すのでしょうか。先進国では、給料が増えないという感覚が共通している。日本を見ても、どれだけ給料をもらえるか先行き不透明になり、企業の福利厚生など正社員が受けてきた「特権」的恩恵も、なくなりつつあります。

「給料が伸び悩んでいるのは日本だけではなく、米国も欧州も約30年にわたり、個人収入は停滞している。その一方で、金融や不動産、投機的な投資から莫大な収入を得ている不労所得者がいる。給料で暮らしている人たちは不安定な立場に追いやられ、怒りを感じながらも何も希望を持てなくなっている。ドイツの極右グループやフランスのマリーヌ・ル・ペンの人気ぶりやトランプの大統領就任、ブレグジットなど、その影響は政治に結果として出てきている」

英ロンドン大学のガイ・スタンディング教授=宋光祐撮影

――逆に言うと、仮に経済成長が回復すれば、BIへの関心は消えていくということでしょうか。

「そうは思わない。そもそも日本を見れば、アベノミクスを実行してもデフレは解消されておらず、過去の経済成長を取り戻せたわけでもない。英国でも経済は成長していて、失業率が低いのに、手取り収入はここ数年にわたって減ってきた。これまでと違って、今は雇用が改善しても給料が一緒に上がっていくことはなく、むしろ下がる傾向にある。おそらく経済のシステムそのものが変わってしまい、成長で得られた利益はますます、ごく少数のお金持ちや大企業、金融市場に流れていくようになっているのだと思う。だからこそ米国のシリコンバレーの企業の経営者らが、自分たちがもうけたお金をどう再配分するか考えようとBIに関心を持つようになっているのではないか」


――しかし、BIがそうした状況への解決策になるのでしょうか。

「BIは万能薬じゃない。あらゆる問題への答えにはなり得ない。ただ、私が確信しているのは、BIは新しい再分配システムの重要な部分を担うということだ。世間の半分の人が経済的な不安を感じる社会を誰も望まないはずだ。韓国では経済成長が続いているが、非正規雇用も増えており、その結果としてBIへの支持も増えている」


「以前、インドの女性団体を通じて我々が実施した試験プログラムでは、BIを受け取った6000人について、栄養状態や健康、仕事などの経済的な活動でかなりポジティブな効果があった。BIは先進国だけでなく途上国でも、社会を良い方向に変える効果があると考えている」


――どうしてBIはすべての人を対象にする必要があるのですか。失業手当など特定の条件を満たし現金を必要としている人に渡す制度ではダメなのでしょうか。

「仮に貧しい人に手当を渡す場合、まずどれくらい貧しければお金を渡すのか基準を決めないといけない。さらに、仕事がなく貧困に陥っている人に限って現金を渡すことにすると、その人が仕事を見つけて収入を増やそうとした場合、その手当をもらえなくなる。そのために働く意欲が妨げられ、一生懸命働く意味がなくなってしまう。私が『貧困の罠』と呼んでいる現象だ」


「二つ目の問題は、特定の人たちだけを現金支給の対象にすると、行政による収入調査など、非常に複雑な作業が生じて労力や時間、費用がかかる。ならばすべての人にBIとして渡してしまう方が効率がいい。だから特定の対象にしぼるのではなく、全員が対象になる『ユニバーサル・ベーシックインカム』がいい。全員にお金を受け取る資格が与えられることで透明性が高まるし、平等にもなる。BIはいわば社会のメンバーになることで得られる見返りだ」

英ロンドン大学のガイ・スタンディング教授=宋光祐撮影

――実現にはどんな障害がありますか。

「まず一番に批判されるのが予算の問題だ。ただ、この点については、すでにある補助金や手当の使い道を見直したり、これまで税率を下げてきた企業や富裕層への課税を増やしたりすることで、まかなえると考えている」


「二つ目の大きな批判は、もし無条件にお金を渡せば、人間は怠けて働かなくなるという点だ。しかし、インドで実施されたパイロットプログラムでは、BIを受け取った人はむしろやる気と自信を得て、収入を増やそうとした。ささやかな額のBIだけで満足する人はおらず、自分や子どもの暮らしをさらに良くしようとしていた。


――ただ、働くことへの世の中の価値観がそう簡単に変わるとは思えません。

「もちろん、働くことは重要だ。みんな働きたいと思っている。忘れてはいけないのは、BIは『貧困の罠』をむしろ取り除くということだ。BIを受け取っていれば、給料の低い仕事でも働くことをためらわなくなる」


「今の若い世代や非正規で働いている人はBIのこうした効果を理解しているのではないだろうか。彼らにとってみれば、BIが予算的に非現実的だとか人間を怠け者にするという意見は悪い冗談に聞こえるのではないか」



Guy Standing ガイ・スタンディング

1948年生まれ。ロンドン大学教授、専門は経済学。86年に欧州の研究者らと共同でベーシックインカム欧州ネットワークを設立。2004年に名称を地球ネットワークにあらためた後、名誉共同代表に就任。





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