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記録の力

文書が「宝」の村を訪ねて~乙事ルポ

 日本の「記録」に対する意識や制度の問題点を取り上げてきたが、民間の資料においては日本はとてもよく保存され、長野県諏訪郡には、古文書を「宝」のようにして代々守り続けてきた地域があるという。日本近世史とアーカイブズ学を専門とする東京大学経済学部資料室の特任専門職員冨善一敏さん(56)とともに、訪ねた。(GLOBE記者 高橋友佳理)


宮崎アニメの世界

八ケ岳南麓の富士見町乙事区。「おっこと」と読むが、どこかで聞いたことがある、と思われた方がいるのではないか。宮崎駿監督の「もののけ姫」に出てくるイノシシの名前が「おっことぬし」というのだ。宮崎監督は乙事のそばの集落「烏帽子」というところに別荘を持ち、よく乙事付近を散策していたという。そういえば、「エボシ御前」という名前のキャラクターも作品の中に出てくる。

話がそれたが、乙事は宮崎監督がアニメの構想を練った場所と言われてもうなずける、緑豊かな場所だ。立川駅から特急で2時間弱、JR富士見駅で下車し、そこからタクシーで15分ほど。乙事区役所に到着した。お目当ての「帳蔵」は区役所の隣にひっそりと立っていた。

冨善一敏さん



冨善さんによると、江戸時代の日本の社会は文書主義だった。幕藩領主の執務は文書に基づいて行われ、統治を請け負わせた村や町などの統率者を通じて、文書の下達上申が行われた。地方文書は、村役人を務めた特定の家に「○○家文書」などとして私的に残るか、役人交代の際に引き継がれ、村の共有文書として公的に残された。乙事は後者で、村の共有文書として文書を収める「帳蔵」が建てられた。文化10年(1813年)のことだ。

乙事区役所の隣に立つ帳蔵。扉を閉める五味正文区長と元区長の三井清エ門さん=写真はいずれも高橋友佳理撮影


帳蔵には勝手に入ることはできない。現区長の五味正文さん(67)は、区長引き継ぎの文書を見せてくれた。そこには「2階文書収納庫には関係者以外の立ち入りは禁止。関係者でも必ず正副区長どちらかが立ち会うこと」と書かれていた。三井清エ門さん(89)は約50年前に区長を務めた頃、前任の区長から「『入るときには3人で入らないといけない』と言われた」という。五味区長らに立ち会ってもらい、中に入った。


いざ、帳蔵へ

乙事の「帳蔵」を訪ねて


石造りの倉庫の鍵を開けてもらうと、6月でも内部はひんやり。階段をのぼって文書がある2階に行くと、段ボール箱が整然と並んでいた。約30年前、冨善さんが大学院生時代、東京大学の近世史ゼミを中心に作られた富士見研究会が、町史編纂の際に文書整理を行ったのだという。古文書はほぼ、当時のまま残されていた。


乙事の歴史に詳しい諏訪農資会長の五味長三さん(80)が引き出しを開け、文書を説明してくれる。明治初期の戸籍や宗門人別帳が続々と出てくる。人別帳には「五人組」の名前が延々と書かれている。崩し字で書かれておりすぐには読めないが、貴重な個人情報だ。


冨善さんが、「帳蔵」が建てられた時の趣意書を文書目録で調べて、段ボール箱の奥から出してきた。「常用目録帳」と書かれた冊子のページをめくる。紙は黄ばんでもおらず破れてもいない。墨で書かれた文字は、昨日今日書かれたかのようにはっきりと濃い。今から200年前に書かれたとは、にわかに信じがたい。

常用目録帳に記された帳蔵建設の理由。1813年に書かれた文書だ。

表紙を開けて数ページ目に、帳蔵が作られた「理由」が書かれていた。「(前略)この上とも随分心付け、諸帳面その外、疎略に致すべからず候、半紙一行の書付にても、千金に替え難く候(中略)毎六月中風を入れ、等閑なく大切に取り扱うべし、永世の宝蔵なるもの也」。この大げさにも思える表現に、文書の整理を行った村役人たちの文書に対する強い価値意識が表れている。彼らにとって、過去の事実を正しく理解し、村を運営していくには、文書が必要だったのだ。


なぜ文書がきちんと保存されたか?

なぜ、乙事では文書がきちんと保存されているのか。歴代区長たちに聞いてみた。三井さんは「きちんと年貢を納めるために、五人組を作り、払えない家庭の分まで面倒を見た。藩から名主あてにいろんな指示が来るのに、文書がないと困る」。五味区長は「乙事は集落形成がしっかりしていた。詩吟や俳句など伝統文化を大切にし、学ぼうという雰囲気がある」。確かに、この時も区役所内に詩吟を練習する声が響いていた。


保存継続には黄信号が・・・・・・

だが、五味長三さんによると、区内では帳蔵とそこに収められている古文書の重要性が認識されなくなってきているという。「区の寄り合いで話をすると、『古文書は読めねぇから捨ててしまえ』という意見がいつも出る」と長三さん。耐震性の問題で建て替えが議論になるたびに、「不要論」が出るという。「古文書はいわば化石のように蔵に眠っている」と冨善さん。信州、諏訪の村では、文書を「郷蔵(ごうぐら)」という江戸時代に領主に納める年貢を一時保管しておいた蔵に残しているところが多い。乙事が珍しいのは、帳蔵が他の蔵と別に設けられたことという。「乙事では、村という公の中にもう一つの公の場所があったのです」

厳かな雰囲気が漂う乙事諏訪神社

区役所の近くには、乙事諏訪神社がひっそりと立っていた。拝殿は1617年に建てられ、1811年にこの地に移されたとあり、諏訪県内で最も古い木造建築と言われているという。杉林に囲まれて立つその姿は神聖なものを感じさせた。かつて国宝で、戦後に国の重要文化財になった。「乙事は村の治まりがいいから、諏訪神社の国宝を持ってくることができた」という三井さんの言葉が思い出された。この古村と、村が大事にしてきた文書から学ぶことは、まだまだたくさんありそうだ。


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