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果樹園に野宿 命の危険冒しても 「壁」に阻まれたヨーロッパの難民たち

World Now 更新日: 公開日:
ハンガリー国境に近いセルビア北部の貨物ヤード

「警察か」姿を消した難民

たき火が残ったままだった。ハンガリー国境に近いセルビア北部のスボティッツァ市。8月下旬、中心部近くの貨物ヤードで、アフガニスタン人のグループが野宿をしていると聞いて訪ねると、あたりはもぬけの殻だった。

「警察が来たのかと思ったよ」。しばらくすると、若い男性ばかり十数人が、苦笑を浮かべて戻ってきた。同行したNGOメンバーの自動車を警察車両と勘違いし、いっせいに逃げたのだという。アリ・カーンと名乗る32歳の男性は、セルビアに来てもう14カ月になるという。銃声が絶えない母国を逃れ、難民として合法的に暮らせる欧州の国をめざし、イラン、トルコ、ギリシャ、マケドニアなどを渡り歩いてきたが、旅はここでつきた。ハンガリーが国境に建てた、高さ約4メートルのフェンスに阻まれたのだ。

難民の受け入れに寛容なオーストリアやドイツをめざし、中欧諸国を不法に通過した人々の数は、2015年には90万人近くに上った。ハンガリーは強硬な手段に訴え、この年の夏にセルビアとの国境全175キロを鉄条網のついたフェンスで封鎖。難民たちが西側のクロアチア側に迂回すると、ただちにクロアチア国境もフェンスで閉じた。ハンガリーは難民認定もきわめて厳しく、とりわけ家族を同伴しない単身男性たちには、申請のチャンスすらなかなか巡ってこない。

ハンガリーのフェンスに阻まれ、セルビア北部の貨物ヤードではアフガニスタン人らが野宿をしていた

アリ・カーンたちは、これまで何度もフェンスの突破を試み、いずれも失敗した。警察に捕まると、セルビア国内の収容施設に連行された。だが、警察官が立ち去ると、施設の職員に「空きがない」と追い出されたこともあったという。難民であふれかえった施設の環境に耐えられず、自ら逃げたこともあった。

市内の別の地域でも、果樹園の片隅の森のなかで、やはりアフガニスタン人やパキスタン人のグループが野宿をしていた。まだ10代半ばの少年もいた。

立ち往生したアフガニスタン人らは、セルビア北部の林の中でも野宿をしながら、フェンスを突破する機会をねらっていた

「壁」に阻まれ、より危険なルートへ追いやられる

鋭いワイヤとハイテク監視装置を備えた二重の国境フェンスを超えるのは、無謀にも思える。だが、彼らは「何度でもやる」と言う。

セルビアのNGO「難民保護センター(APC/CZA)」は、心理士や法律家、アラビア語などを通訳できるメンバーらがチームを組んで、こうした現場を訪れ、精神的なケアや法的な支援を提供している。「(セルビアの難民保護の)制度が追いつかず、難民たちもどうしていいか分からない」。メンバーの一人はため息をついた。

2015年にピークを迎えた難民危機では、ハンガリーだけでなく、欧州各国に不法入国を防ぐためのフェンスが設けられた。EUも域内への不法入国を防ぐため、援助などを見返りにトルコの協力を得るなど、さまざまな対策を打ち出した。ただ、こうした「壁」は、難民らをよりリスクの高いルートや手段へと追いやっている。

北アフリカの沿岸からは、密航業者が手配する粗末なボートで、地中海を渡ろうとする人たちの海難事故が絶えない。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、地中海を渡って欧州に到着した人は、15年は100万人余りだったが、16年は約36万人に減った。ところが、海上での死者数(推定)は、15年の3771人から16年は5096人と大きく増えた。17年に入っても、死者数の割合は高い状態が続いている。

EU機関の欧州国境沿岸警備機関(FRONTEX)によると、密航業者のやり方は悪質さを増している。「リビアの密航業者は、以前は大きな漁船に数百人を乗せるやり方だった。もちろんそれでも十分に危険だったが、少なくともイタリア最南端の島にたどり着くための燃料や飲料水は用意していた。いまは、長さ10メートルのゴムボートに160人も乗せ、リビアの海域を出たらエンジンを外し、自分たちだけ逃げるのです」。広報官のイザベラ・クーパーは、怒りを込めて話した。「救命胴衣はかさばるので誰も与えられていない。乗せられた人たちの多くは、泳げないどころか、海を見るのも初めて。パニックになるのは誰でも分かる」

UNHCREUに対し、不法入国者を減らす対策ばかりでなく、難民が合法的に欧州に渡り、保護を受けられるようにするための取り組みを進めるべきだと訴えている。ブダペストのUNHCRで広報を担当するキティー・マッキンゼーは、「一部の政治家は『欧州は宝の山だからみんな来たがる』と考えているようだけど、そうではない。彼らは迫害や飢餓や暴力から逃れるために必死なんです」と言う。かつてジャーナリストとして、紛争の現場も見てきた彼女は、繰り返し言った。「誰だって難民になりたくはありません。絶対に」

(敬称略)

「Abema X GLOBE」から