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記録の力

記録管理における日本の問題とは~小谷允志氏に聞く

陸上自衛隊の南スーダン派遣の日報問題、森友・加計学園における文書の扱い方・・・・・・。今年に入り、文書を巡る問題が相次いで起こった。なぜ、このような事態になったのだろうか。元記録管理学会会長でレコードマネジャーの小谷允志氏(80)に分析してもらった。

インタビューに応じる小谷允志氏=写真はいずれも高橋友佳理撮影

―今の日本における問題は何が原因だと思いますか。


その前に、まず「記録」の意味を押さえておきたい。日本ではあまり「記録」が重視されず、そもそも文書と記録の区別も明確ではない。欧米では一般的な文書(document)と記録(records)は明確に区別されており、記録は重要なもの、侵すべからざるものと認識されている。従って記録管理の国際標準では「法的な義務の履行または業務において証拠及び情報資産として作成、保持される情報」と定義される。日本で文書が粗末に扱われる背景には、このような記録の概念がないことが考えられる。


日本の組織の大きな問題は、現在使われている段階(現用)の文書と非現用のアーカイブズ(公文書館等)が繋がっていない点だ。つまり現用の保存期間が満了した文書の中から、歴史的に重要な文書がアーカイブズへ移管されず保存されないのである。これでは歴史が残らず、過去に学ぶことができない。良い現用の文書管理なくして、良いアーカイブズはあり得ない。


国の場合は公文書管理法の制定により、ルールとしてはかなり国際レベルに近づいたといえる。それにもかかわらず、文書管理を巡る様々な問題が起こるのは、各省職員の文書管理を指導、支援する専門職(レコードマネジャー)が存在しないからだ。たとえ良いルールができても、それを実行する体制がなければ成果は上がらない。欧米の先進国と比べ、最も大きく違うのがこの専門職体制である。米国では各省庁に必ずレコードマネジャーが存在し、さらに国立公文書館には各省庁を支援する専門職部隊の組織があるという万全の体制だ。日本の場合、地方自治体や企業はルール的に国よりも見劣りする上に同じく専門職体制がないため、より問題が大きいといえよう。

上智大学史資料室の記録管理の様子。小谷氏が所長を務める出版文化社アーカイブ研究所のアーキビスト中村崇高さん(左)がアドバイスをする。

―現用の記録をアーキビストたちに引き継ぐ専門職のレコードマネージャーが日本の役所にも必要ということですね。そのこと以外に、記録を大事にする意識が欧米に比べ低いとも言われます。それはなぜだと思いますか。


日本では書類や書面より、口頭で伝える方が重視されるという傾向がある。「以心伝心」「あうんの呼吸」といった「感覚」で物事が処理され、米国のような契約の観念が薄い。また米国のように訴訟社会でもない。結果、証拠として書面を残す意識が低くなった。以前考えたのはこのようなことだったが、最近は、このことに加え、もっと日本社会や組織の特性に起因する本質的なことが影響しているのではないかと思うようになった。


それが①「今」中心主義、②無責任体質、③合理性を欠く意思決定プロセス、の三つだ。①は今、目の前のことしか考えず、過去に学ぼうとしない習性のことをいう。この「宵越しの金は持たない」「明日は明日の風が吹く」という日本人独特の時間の感覚をよく反映しているものが絵巻物だと言われる。見終わった部分を巻き取っていき、前後を見ない。正に目の前のものしか見ないわけだ。「水に流す」という言葉も、過去に起こったことをなかったことにするという日本人独特の表現だ。ドイツのワイツゼッカー元大統領が「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」といい、メルケル首相が戦後70年の2015年に「歴史に終止符はない。我々はナチス時代に行われたことを知り、注意深く敏感に対応する責任がある」と述べたのとは正反対のことを意味する。


②の無責任体質は、組織が何か問題を起こしても誰も責任を取らない、責任を取らせようとしない習性のことだ。日本の組織においては、基本的に集団的意思決定方式をとるため、誰が物事を決めているのかが分からず、責任の所在があいまいになりやすい。何か問題が起こった場合も集団で責任を取る形にし、個人は誰も責任を取らない。この典型例の一つが、太平洋戦争終結時に登場した「一億総ざんげ」という言葉だ。これは戦後初の内閣総理大臣東久邇宮稔彦が敗戦の反省について述べた言葉だが、真の責任者を追求せず、責任をあいまいにする日本的体質が露呈したものと言えよう。


③は日本では意思決定する場合、対人関係を重視し、波風を立てないよう相手をおもんぱかり、忖度するという傾向のことだ。データや資料などによる論理的な議論より、その場の「空気」が尊重される。評論家の故山本七平が「大きな絶対権をもった妖怪」と呼んだものだ。


日本の組織では、これら三つの要因が相互に絡み合いながら、記録をないがしろにし、記録管理とアーカイブズの発展を阻害してきたと考えられる。


―小谷さんは旧満州の生まれですね。ご自身の戦争体験も影響していますか。


父は新聞記者で、戦前から満鉄系の「満州日日新聞」の記者をしていたので大連生まれ、青島育ちだ。大戦が始まり母親と大連に疎開したため、終戦と共に父親とは離れ離れ、音信不通に。無法状態の一歩手前から、母親と着の身着のままで日本に戻ったが、引き揚げ船に乗るのに1年半もかかった。戦場には直接行かなかったけれど、その体験からはっきり言えることは、絶対に戦争をやってはいけないということ。いま、戦前に回帰しようとする動きがあるなか、過去に学び、歴史に学ぶことの重要性が高まっている。


―日本の記録管理、アーカイブズの遅れを改善するにはどうしたらよいでしょうか。


記録を作成して残すという意識を根付かせるのに、特効薬はない。記録管理やアーカイブズに携わっている者が、それぞれの組織の中で記録管理の重要性を訴えていくしかない。二つ目には、適切なルールを確立することだ。公文書管理法ができ、前進はしたが、抜け穴があり見直しが必要だ。三つ目には、レコードマネジャーとアーキビストという専門職の養成と配置だ。いくらいいルールがあっても、その運用をチェックする人がいないと脱法行為を都合よくやられてしまう。そして専門職が組織の中でプロとして揺るぎない仕事をするには、その職能が確立されている必要がある。組織内で文書を不法に廃棄したり残したりしないようにする圧力があったとしても、毅然としてそれをはねつけるだけの誇りと倫理観を持った真のプロフェショナルを育成することが必要だ。これらは、時間がかかることだが、今やらないといつまでたっても状況は変わらない。(構成・GLOBE記者 高橋友佳理)



こたに・まさし

1936年、旧満州大連生まれ。リコー、日本レコードマネジメントをへて、出版文化社アーカイブ研究所長。89年、発起人の一人としてARMA(国際記録管理者協会)の東京支部を立ち上げた。2003~08年、記録管理学会会長。

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