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太平洋波高し

先進国「扱い困った人」を太平洋に

ボートピープル、元グアンタナモ収容者ら

太平洋は、先進国が自分たちの国ではやりたくないことをする場にもされてきた。その最たる例が、米仏が行った核実験だ。そしてもう一つ、太平洋の島々は、先進国が「扱いに困った人々」を移送する場所にもされてきた。


シドニーで7月、ナウルやパプアニューギニアの収容所を閉鎖し、オーストラリア国内への受け入れを求める人々の抗議デモがあった=AFP

パプアニューギニア(PNG)のマヌス島。ここの海軍基地には、オーストラリアへの難民を希望する人々を収容する施設がある。


設置したのは、オーストラリア政府。2000年代からボートピープルの豪州入国を認めずに移送してきたが、10月末に閉鎖される。PNGの最高裁が昨年4月、「人々の自由を奪い、違憲だ」と閉鎖を命じたからだ。


豪政府が、世界的にも例がない難民希望者の海外収容施設をPNGとナウルに設けたのは2001年。前年に4千人と急増したボートピープルの対処に困ったためだ。同時に両国で電力や水道、病院・学校などのインフラ整備の支援なを加速。第2次大戦後に国連信託統治をした経緯から影響力を持つ途上国に、援助というアメで施設受け入れを納得させた。


施設は、不衛生で食事や医療など住環境もひどいと批判されてきた。2013年からPNGの施設に入れられているイラン出身のクルド人、ベローズ・ブーチャニ(34)はフェイスブックなどを通じて「刑務所以上にひどい。受刑者は家族と会い、弁護士を雇う権利があるが、我々にはそれすらない」と訴える。


それでも、ボートピープルの数が減り、いったん施設を閉じる08年までは両国への「一時受け入れのお願い」という色彩が濃かった。収容された計1637人のうち1153人を最終的に豪州など先進国が難民として受け入れたからだ。


だが、再びボートピープルが増えると、豪政府は12年に施設を再開し、13年に「ボートで入国を試みた場合、豪州入国を認めない」政策を打ち出した。12年以降も収容者の8割ほどがPNG、ナウル両政府に「難民資格がある」と認定されたが、両国への定住を勧められる。先進国を目指してきた彼らが応じる例はほとんどない。


「多文化社会」を誇る豪州は一方で、国連から認定された難民らを年間1万数千人規模で受け入れる。ボートピープルの多くは、命を危険を冒す「密航」という手段を取るまでに追い込まれており、難民らと同様に弱い立場にある。そんな彼らを追い返す政策は「施設の劣悪な環境だけでなく、いつ出られるのか示さないまま収容し続けること自体が残酷で人権侵害だ」。ニューサウスウェールズ大カルドル国際難民法センター(シドニー)のマデリン・グリーソン(30)は批判する。


4月末現在でPNGには821人、ナウルには373人が収容されている。PNGの施設閉鎖を前に、豪政府は昨年11月、ナウルの収容者も含めて米国に受け入れてもらう約束を取り付けた。米大統領就任前のトランプ氏が1月、ターンブル豪首相と電話で協議した際に、怒りをあらわにしたのは、この件だった。


現在、米政府による移住希望者の面接や審査が進むが、希望者全員が移住できるかはわからず、収容者らは不安を募らせる。


その米国も2009年、キューバにあるグアンタナモ収容所から中国・ウイグル自治区出身のイスラム教徒6人をパラオに移送したことがある。


彼らはもともと、2001年の米同時多発テロ後、米軍がアフガニスタンで軍事作戦を展開した際に拘束され、グアンタナモ収容所に移送されてきた。


数年間の収容後、米国の裁判所が釈放を命じたものの、国内での受け入れには反対論が強く、中国が求めた返還に応じることも人権上の懸念があり、米政府は対応に苦慮していた。そこで出てきた「解決策」がパラオへの移送だった。


パラオ側は「人道的な観点から受け入れる」と表明したが、直後に実施された米国からの2億ドルの援助が「見返り」だったとする見方もある。6人は実際にパラオで生活をしていたが、2015年までに第三国に移ったという。

(小暮哲夫、市川美亜子)

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