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感染症との新たな戦い

「ご苦労さんだが使えない」

創薬の壁編 「貧者の病気」に挑む



途上国が舞台の感染症はいわば、「貧者の病気」だ。もうけが計算しづらく、「顧みられない」ままの疾患も多い。どうすればいいのか。壁にぶつかりながらも、感染症の創薬を目指す製薬関係者に聞いた。(構成・村山祐介、敬称略)



●富士フイルム医薬品事業部マネージャー 山田光一(58)


子会社の富山化学工業が開発した抗インフル薬アビガンは、毒性の高いウイルスに効く可能性が見いだされていました。西アフリカで2013年末にエボラ出血熱がアウトブレイクし、14年3月に日本で抗インフル薬の薬事承認が下りたこともあり、問い合わせが殺到しました。


9月に世界保健機関(WHO)が開いたエボラの対策会議に参加した際、前列の仏代表団から、ギニアで共同臨床試験をしないかと打診を受けました。2週間後、薬をパリに持参した翌朝に早速、「患者に投薬した」と電話がありました。仏側は一晩で必要な手続きをすべて済ませていたのです。


薬事承認のデータをとるには、確定診断が出た患者に投与する必要があります。本物の薬か偽薬か分からない状態で投与するのも鉄則です。ただ、現場は生易しいものではありません。医療NGOからは「目の前の患者を救うことが我々のミッションだ。データ取りには協力出来ない」と詰め寄られました。ギニア政府責任者からは「効くかどうかではなく、薬があるというメッセージが大事」と言われました。私たちも事態収束に役立てるなら十分と考えるようになりました。


臨床試験の結果を専門誌に発表しましたが、偽薬対照試験ではないので科学的エビデンスとしてレベルが低いとの評価でした。日本の当局にも「データはご苦労さんだが、承認するしないの議論には使えない」と言われました。先進国の薬事承認と、途上国の感染症対策はなかなか相いれません。


アビガンには研究所の20年間の魂がこもっており、海外の感染症対策に役立ててもらうことが極めて重要です。一方、途上国には薬を買う予算もありません。幸いギニア政府からの備蓄の要請は、日本政府の資金で実現しました。さらなる公的な資金や支援の仕組みが重要です。


●グローバルヘルス技術振興基金(GHITファンド)最高経営責任者 BT・スリングスビー(41)


感染症の創薬には三つの課題がありますが、いずれも市場の機能が働かない難しさを抱えています。


第一に、エボラ出血熱などのパンデミック(世界的な大流行)です。患者がいないと臨床試験で有効性を検証できないので、新薬の開発自体が困難です。開発できてもいつ売れるかわからず、ビジネスとしては難しいのです。第二に、抗生物質が効かない薬剤耐性です。再び耐性がうまれてしまうことを避けるには、新薬を限定的に使わなくてはなりません。第三に、マラリアなど貧困層にみられる感染症です。患者数が非常に多い一方、患者や各国政府の購買力がない場合が多く、利益になかなかつながりません。


製薬企業の多くは上場していて株主への説明責任があります。ある程度利益を上げないと事業が続けられなくなってしまいます。前述したような課題を克服して新薬をつくる仕組みが、民間にはあまりないのです。一方、創薬に関するノウハウや機能は、政府や大学にあるわけでもありません。


解決には官民連携が必須と考えています。日本が世界に誇る新薬開発能力を生かしてグローバルな感染症問題に貢献し、企業側も成長著しい途上国市場で存在感を示せるモデルをつくろうと、日本政府と製薬企業、財団などが出資して13年にGHITが誕生しました。出資にあたっては、途上国からはもうけない、ただし損はしない、という価格設定をする約束を交わしています。


創薬研究開発において、前臨床から臨床まで進めることは非常に難しく、その境は「死の谷」とも言われています。日本と海外が協力して進める研究開発案件に私たちが出資することで、それを乗り越え、日本発の技術により途上国の感染症問題を解決したいと考えています。


●中外製薬渉外調査部部長 松崎淳一(59)


現在、当社では途上国で年に数億人が感染するデング熱の治療薬開発を、シンガポール政府の関係研究機関と一緒に進めています。デング熱は重篤な出血熱状態になると最悪の場合は死に至り、当社が研究拠点を置くシンガポールでも大きな問題になっています。シンガポール政府の研究者が非常に有望な抗体を発見し、抗体改変技術に強みを持つ当社に「医薬品にできないか」と話をもちかけたのが共同開発のきっかけになりました。


デング熱を引き起こすデングウイルスには4種類の異なる血清型の存在が知られており、現在開発中の抗体はこれらすべての血清型に対し高い中和活性があります。いまは有効な治療薬がなく、対症療法が一般的なので、治療薬の誕生は非常に大きなインパクトをもたらします。


ただ、途上国では薬代を払えない方が多く、市場としては事業性がありません。一方で医薬品開発には、莫大な費用がかかります。当社は抗がん剤を中心とした医療用医薬品に注力しており、戦略領域ではない感染症には参入しないという判断もあり得ました。それでも前へ進むことを決めたのは、GHITファンドから研究開発の対象に選ばれたことが大きな要因です。外部からの資金を得ることでリスクを減らせると判断しました。


いまは途上国でも、病気がなくなって経済が活性化すれば新しい市場として開拓できます。中外製薬を「デング熱の治療薬を開発した会社」として知ってもらえれば、うれしいですね。数年以内に、この治療薬が患者さんに対して実際に効果があるかを確認したいと考えています。研究開発型の企業として、世界の医療と人々の健康に貢献するため、一日でも早く有効な治療薬を届けていきたいです。


●日本製薬工業協会国際委員会幹事 山口栄一(57)


創薬は、研究開発費を売り上げから回収して、将来的に利益を上げる事業です。細菌感染症は慢性疾患と違って1~2週間ほどで治るものが多く、薬を飲み続けることはありません。それでも開発費は同じようにかかるので、投資回収の難しさがあります。企業は株主に利益を配当する大きな責任があり、利益が上がらないと新たな治療薬の研究開発を進められなくなります。感染症の研究者はだんだん少なくなっており、ほかの疾患治療薬にシフトしています。日本が世界をリードしてきたこの分野において、人材やノウハウなど貴重な財産が失われつつあります。


市場が小さすぎて投資回収だけでは採算が見込みづらいことから、公的資金を使う流れが出てきました。エイズウイルス(HIV)の根絶を目指して世界的にお金が集まり、格段にいい薬も出ています。一方、感染が熱帯地方に限られる「顧みられない熱帯病」(NTDs)の創薬はなかなか進まず、お金も全然足りていません。この分野の創薬を支える施策がもっと必要だと考えています。


さらに、大きな課題となっているのが、薬剤耐性を持つ細菌による感染症に対する創薬です。抗生物質の適正使用が行き届いている日本では、臨床試験の患者を見つけるのに従来より数倍高いコストがかかっています。開発に成功しても、患者数が少ないので投資が回収できません。企業と当局で薬価を事前に合意できれば、採算の予見性が高まります。日本だけでなく、途上国で必要な分まで日本政府が備蓄して途上国援助(ODA)に活用する方法も一案でしょう。それが、海外で感染した渡航者から日本国民を守ることにもつながります。また、報奨金で開発費をまかなうという考え方もあり、グローバルな議論が必要です。

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