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「ミニマリスト」になりたいわけじゃない

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カリスマミニマリストの素顔

The Minimalistsインタビュー


持ち物を最小限に減らして暮らすミニマリズム。先進国を中心に流行が広がる一方で、「金持ちにしか実践できない」など、批判や懐疑の声も出てきた。発祥の地とされる米国のミニマリストのブログなどをまとめた著書は日本語にも多く翻訳されているが、生の声を伝える機会は少なかった。ブームを引っ張るカリスマの素顔とは――。ザ・ミニマリスツのジョシュア・フィールズ・ミルバーン(36)とライアン・ニコデマス(35)の2人にインタビューした。(構成:宋光祐、敬称略)


ジョシュア・フィールズ・ミルバーン(左)とライアン・ニコデマス
photo: Kousuke So

――どうして米国でミニマリズムが流行しているのでしょうか。

ジョシュア みんなが消費するだけの生活以上の何かを探している。先進国では、1950年代から90年代まで消費が発達し、誰でも安いモノを簡単に手に入れられるようになった。僕たちは幸せになるためにモノを追いかけて来た。ところが、今は消費が過剰になって新しい問題が出てきた。ミニマリズムの流行は、そんな世の中へのリアクションだ。常に「もっともっと欲しがる文化」への抵抗。ミニマリズムとは消費が過剰になった世の中で、モノと人間の関係にバランスを取り戻すこと、足るを知るということだよ。


ライアン ミニマリズムは、僕たちをモノから解放してくれる。人生にとってモノよりも大事なものにより多くの時間やお金を割くことができる。みんながそれを分かり始めている。この話になるといつも、みんながモノを買うのをやめたら経済は破綻する、どうするんだと聞かれる。確かにそうだ。今の経済は完全に消費をベースにしているからね。でも、2008年に何があった? 過剰に消費していても、リーマン・ショックで経済は破綻したじゃないか。



――ミニマリズムは、消費を「善」としてきた米国社会を変えますか?

ジョシュア そう思うね。僕たちが示そうとしているのは、物質的なモノ以外にも消費できるモノがあるということ。もっといい個人的な経験や自分が気にかけている人たちとのより多くの時間。人生は、モノの量ではなく質で変わる。


ライアン ベントレーを欲しいと思う人は、平均して6〜7台の車を持っていると聞いたことがある。本当に1台のいい車を持っていても、1台いい車を持てば、また別のいい車が欲しくなる、もう1台、もう1台。欲望は底なしだ。結局、ただモノを買うだけでは、心は満たせない。


ジョシュア 何かを買えばうれしくなる。1分か1時間か1日か1週間か。でも最終的には、その喜びに慣れてしまって、もっとモノが必要になる。1台の車で幸せになった。じゃあ2台目を買えばもっと幸せになれるんじゃないか。次は3台目が必要と、終わりがない。車が幸せをもたらすわけではなくて、幸せは心の中の感情だ。幸せになるためにモノを使ってはいけない。モノは、最良の人生を送るための道具として使うべきだ。



――しかし、何か新しいモノが欲しいという欲望は消せないのでは。

ライアン もちろん。だから、僕の場合は絶えず自分に問いかけている。「これは自分の暮らしに価値を加えてくれるか」ってね。新しいスマートフォンが発売されると、欲しいと思うことがある。そこですぐに買わずに少なくとも1週間は考える。そうすると、結局、最新のモデルを買おうとは思わなくなる。

少し前に東京に旅行に行った時も、何もお土産を買わなかった。想い出は、心の中にあるから。モノが本当に自分の人生に価値を与えてくれるか。自分に正直になれば、99%、答えは「ノー」だ。


ジョシュア 本当に最新のモノを必要とする人はそんなに多くない。昔の広告は本当に必要な製品を見つけるためのものだったが、今は、見せかけの欲望をつくるためのものだ。それが必要だと思っているけど、本当は必要じゃない。自分たちにできる最良の方法は、一歩引いて、このモノは人生に何か価値を与えてくれるか、と問いかけてみること。これは自分にとって必要不可欠なのか。

もう一つ付け加えるとすれば、モノを維持するだけのお金があるか考える必要がある。例えば新しいバッグを1つ何百ドルかで買う。値札にあるのはその場で必要な費用に過ぎない。手入れや保存、修理……。買ってからもコストがかかる。頭の中がそのバッグでいっぱいになることも心理的なコストだ。何かを持たないというのは、そういう追加のコストからも解放される。

ザ・ミニマリスツのトークライブが開かれた米国ワシントン州シアトルの劇場


――ミニマリズムを実践すればお金の使い方も変わると主張されていますが、本当でしょうか。

ジョシュア 米国では、たとえ現金を持っていても、クレジットカードを使う。それが大きな問題。支払いには、クレジットカードのローンだけでなく学生ローンや車、住宅ローンが加わる。結果的に多くの借金を抱え、望まないライフスタイルに縛られる。本当に欲しいわけではないモノを、本当に持っているわけでないお金で買っている。意識的に何を買うか決めないと、終わりのない悪循環になる。


ライアン 僕が借金から初めて解放されたのは、15年。つい2年前のことだ。数十万ドルの住宅ローンが一番重かった。新しい車も数年ごとに買っていた。借金を前提に手に入れる大きな家はもうアメリカンドリームじゃない。借金を持たずにいることが、本当の自由だ。無借金の暮らしこそが新しいアメリカンドリームだよ。



――ミニマリズムを実践することで「自由」が得られるとはいえ、生きるためにお金は必要で、2人は今、ミニマリストとしてお金を稼いでいますよね。

ライアン ミニマリズムで僕たちが生計を立てられるのはすごいことだ。でも、誤解しないで欲しい。僕たちはお金にとらわれるなと言っている。人気がなくなったからミニマリズムを実践できないなんて、それこそ自分の価値がなくなってしまう。実際、僕のもとの計画は、できるかぎり支出を減らして、質素なお金で暮らすライフスタイルを確立することだった。いつか誰もライブに来なくなれば、もともと考えていた、少ないお金で暮らすことにになるんじゃないかな。

ウェブサイトを6年前に始めたもともとの理由は、自分たちの考えや物の見方を他の人たちとシェアするため。こんなに大きくなるとは思ってもみなかった。今はニーズがあるから、トークライブのツアーやポッドキャストの放送、映画の制作をしている。確かに需要がいつまでも続くとは限らない。それでも、ミニマリズムをもとにした生き方を続けるのは間違いない。今夜のライブに誰も来なかったとしても、明日の朝、目が覚めれば僕は同じスタイルで暮らしているよ。


ジョシュア ミニマリズムは僕にとって、意味のある暮らしを送るための道具だ。書くことが好きで、そこにもっと情熱を使いたい。そのためにミニマリズムが役に立った。だから、仮にミニマリズムについて何も書かなくなっても、小説は書き続ける。今はライティングのクラスで講師もやっている。


ライアンと僕は、フロリダでコーヒーショップも経営している。小さなビジネスをたくさんして収入を得ている。僕たちは億万長者になりたいわけじゃない。よく考えた人生を生きるために大きな会社の仕事から立ち去った。収入は相当減ったけど、人生はずっと充実している。



――消費を減らすことを訴えるミニマリズムには、環境問題などで社会に貢献できる可能性もありますが、お二人の話はつねに自分が中心ですね。

ジョシュア 僕たちは世界を変えようとしているわけじゃない。シリコンバレーの人たちが世界を変えたいと言うのを聞くことがあるけど、僕たちはそんなことを求めていない。身近な人を助けようとしているだけ。僕たちがシェアするメッセージを何人かが役立ててくれればいい。みんなを変えようというより、少しの人の手伝いがしたいんだ。


リハーサル時のトークライブ会場


――ブームになったせいか、最近は逆にモノを持てるだけ持つ「マキシマリスト」など反発する動きも出て来ています。

ライアン 確かに。しかし、それには何も感じない。ミニマリズムを実践しているのは、自分の人生に価値を与えてくれるから。僕たちの話を役立ててくれる人がいることも知っている。だから、他人が自分たちやミニマリズムをどう思おうが気にしない。


ジョシュア 僕が気にするのは、自分が何を考えているか。自分自身に正直にならないといけない。自分は今ベストバージョンの人生を生きているかどうか。誰かほかの人がミニマリズムを好きじゃない? それは彼らの問題で、僕の問題じゃない。



――決して捨てられないモノはありますか。

ライアン 本当に好きで持っているモノは、ドイツから18歳で移民でアメリカに来た父方のおばあちゃんがくれたドイツ製の陶器のビールジョッキ。高校生のころから好きで、ずっと持っている。便利だし、思い入れもある。でも仮にガールフレンドがそのジョッキを壊してしまったら、ショックだろうけど、「大丈夫。たいしたことない」と言うと思う。6年くらいミニマリズムを実践して、モノへの執着をなくすことができるようになったから。大事なのは、内面で所有することではない。記憶はモノじゃなくて、自分の内面にあるものだから。



――でもミニマリストになるには、やっぱりスマートフォンが必要では?

ライアン ミニマリストの話をすると、きつい皮肉が出てくることがあるね。確かに僕はスマホを持っている。母親や東京にいる友達に電話できるから。ただし、それは単なる道具だ。


ジョシュア 僕もスマホは持っているよ。以前は、いろんなアプリの中毒になっているみたいに感じたことがあった。それで一度、ソーシャルメディアのアプリを消去することにした。アカウントを残したまま、いったん消去してから、必要なアプリを選んだ。一時的に何かを使わずに過ごしてみることは、何が必要か、何が人生に価値をもたらしてくれるかを見極めるのに役立つ。

今でもよく使うのは、グーグルの地図アプリ。シアトルの劇場にたどり着くためにも使った。近くでコーヒーショップを探すのにも使った。ただ、あまりにも便利すぎて、怠け者になる。ちょうどいい中間を見つけないといけない。

ライブの後にファンの人たちにサインするザ・ミニマリスツの2人


――ミニマリズムを捨てる可能性はありますか?

ライアン 可能性なら何だってある。でもミニマリズムは、過去と同じ過ちをくり返さないように生きるためのもの。よく考えながら自分の人生を生きることに役立つのに、やめる理由がないよ。


ジョシュア モノだけでなく何事にも執着せずに去っていけるという意味では、ミニマリズムからも去っていける。でも、ミニマリズムから立ち去ることはおそらくない。


 

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