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なぜ幼児教育か

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保育の質を測る 米国生まれの「保育環境評価スケール」とは

「保育の質」を客観的に測る物差しとして米国で開発され、英国やシンガポールなど世界各地で使われているのが「保育環境評価スケール(尺度)」だ。同志社女子大教授の埋橋玲子は米国ノースカロライナ大学で学んだ評価スケールを翻訳し、数百の幼稚園・保育園で実習を重ねてきた。彼女が兵庫県川西市にある「かわにしひよし保育園」で行った評価実習に参加した。(GLOBE編集部 鮫島浩)

「かわにしひよし保育園」5歳児クラス。他の園の保育士らがじっと観察し、評価シートに記入していく

この日の評価実習に「評価者」として参加したのは、他の園の保育士ら9人、ひよし保育園の保育士1人、記者である私、そして指導者の埋橋の計12人。評価されるのは、ひよし保育園の保育士2人、5歳児22人のクラスだ。

評価者たちは午前8時45分に保育園に集合し、埋橋から評価の仕方について説明を受けた。3歳以上は次の35の評価項目がある(以下、「新・保育環境評価スケール①」から引用)。


保育環境評価スケール(3歳以上)の35項目


1 室内空間  気持ちの良い生活ができる

2 養護・遊び・学びのための家具  安心し、楽しく過ごせる

3 遊びと学びのための室内構成  好きな遊びを選び、じっくり取り組む

4 ひとりまたはふたりのための空間  ひとりで落ち着く、または共に考え深めつづける

5 子どもに関係する展示  自ら気づき、振り返り、他の人と興味関心を分かち合う

6 粗大運動(※)遊びの空間  身体を十分動かして充実感や満足感を得る

7 粗大運動遊びの設備・用具  適切な活動を選び、進んで運動する

8 食事/間食  食べることを楽しむ

9 排泄  自分で用を足せる

10 保健衛生  自分の身体を大切にする気持ちをもつ

11 安全  安全に気をつけて行動する

12 語彙の拡大  未知の言葉と出合い獲得する楽しさを感じる

13 話し言葉の促進  よく聞いてもらって、話す楽しさを知る

14 保育者による絵本の使用  絵本を読んでもらって共に楽しんだり、うれしい気持ちになる

15 絵本に親しむ環境  絵本の楽しさ、探す・知る喜びを味わう

16 印刷(書かれた) 文字に親しむ環境 文字の意味や役割、必要性がわかる

17 微細運動(手や指を使う)  手や指を使い集中して遊ぶ

18 造形  作ったり描いたりしてさまざまな表現を楽しむ

19 音楽リズム  感じたことや考えたことを音や動きで楽しむ

20 積み木  構成を楽しみ、思いを表現し、友だちと共有する

21 ごっこ遊び(見立て・つもり・ふり・役割遊び)  イメージを形にして楽しみ、友だちと共有する

22 自然/科学  自然に触れ、好奇心や探求心をもつ

23 遊びのなかの算数  遊びや生活のなかで数・量・形に親しむ

24 日常生活のなかの算数  生活の必要に応じて数量などに親しむ

25 数字の経験  数字の意味に気づく

26 多様性の受容 人には違うところと同じところがあることに気づく

27 ICTの活用  テクノロジーで遊びや生活の幅を広げる

28 粗大運動の見守り  身体を動かすさまざまな活動を十分に楽しむ

29 個別的な指導と学び  1人ひとりの特性に応じた指導に支えられて学びに向かう

30 保育者と子どものやりとり  子どもが尊重され、認められ、支えられる

31 子どもどうしのやりとり  他の幼児の考えや感じ方に触れる

32 望ましい態度・習慣の育成  自分でしなくてはならないことを自覚して行う

33 移行時間と待ち時間  子ども自身が生活の見通しをもてる

34 自由遊び  活動を楽しむなかで、自分で考えたり助けを得たりして自分で行う

35 遊びと学びのクラス集団活動  他の幼児や保育者と親しみ合い、支え合う

      ※)走ったり泳いだりといった全身を使う運動


     

評価者は午前中の3時間、評価シートを片手に、黙って保育の様子を観察する。そして、評価シートに書かれた設問について「はい/いいえ」を選択し、書き込んでいく。設問は、35項目それぞれに10数個ずつ。例えば、30番目の項目「保育者と子どものやりとり」の設問は次の通りだ。

項目30 保育者と子どものやりとり

1〈不適切〉

1.1保育者は子どもに対して応答的ではなく、関わろうとしない(例:子どもを無視する;距離をおくか冷たい態度である)。

1.2子どもとのやりとりはしばしば不快なものである。

1.3身体的な接触がしばしば否定的なものである(例:よくない行動をとる子どもを荒々しく扱う;場所を移るように言葉で言わず身体を押す;子どもの望まない抱きしめやくすぐり)。

1.4 個別に、あるいは小グループの関わりが少なく、一斉活動でのやりとりのほうが主な関わりである。

3 〈最低限〉

3.1 個別の子どもと保育者の肯定的なやりとりがある。

3.2 否定的な身体的接触がない。

3.3 保育者は子どもといることが楽しそうである(例:子どものすることに興味を示す;子どもの発言を注意して聞き、適切に応答する)。

5〈よい〉

5.1 観察時間中、しばしば保育者と子どもの肯定的なやりとりがあり、長い間やりとりが絶えたままということがない(例:温かいまなざし;ほほえみ;興味を共有する)

5.2 通常、くつろいだ気持ちの良い雰囲気がある(例:緊張したりあわただしいような雰囲気はほとんどない;保育者と子どもに落ち着きがあり、何事も楽しんでいる;苦痛を感じるような時間がほとんどない)。

5.3 保育者は、適切な身体的接触を通してあたたかな雰囲気を伝える(例:泣いている子どもを抱く;手を握って話を聞く;肩をトントンと叩いて励ます)。

7 〈とてもよい〉

7.1 保育者は子どもを尊重し肯定的に指導する(例:行動面での問題に落ち着いて妥当なやり方で対処する;子どもの発言を最後まで聞いて応答する;子どもがしてくれたことに感謝する)

7.2 保育者は子どもに対して支持的であり、子どもが不安・怒り・恐れを感じていたり傷ついたりしたときは慰める(例:友だちとのいざこざがある子どもの理解に努める;怒っている子どもに忍耐強く接する)。

7.3 保育者は子どもの言葉にならない素振りに敏感であり、適切に対応する(例:集まりのときに身体を動かしたいようであればそのような活動をする;興味を失っているようであれば活動を変える)。



評価シートに「はい/いいえ」をチェックすれば、あとは自動的に7点満点で点数が決まる。

1〈不適切〉でひとつでも「はい」があれば評価は「1」。すべて「いいえ」なら3〈最低限〉へ進み、そこで「はい」が半分以上あれば「2」になる。すべてが「はい」なら5〈良い〉へ進み、「はい」が半分未満なら「3」、半分以上なら「4」、すべてが「はい」なら7〈とても良い〉へ。そこで「はい」が半分未満なら「5」、半分以上なら「6」、すべてが「はい」なら満点の「7」だ。

自由遊びの時間。評価者たちは保育士と子どもたちの会話に耳をそばだてる

いざ現場へ、じっくり観察

午前9時から観察・評価が始まった。

最初の1時間は室内で自由に遊ぶ時間。5歳児たちは積み木をしたり、絵を書いたり、思い思いに遊んでいる。評価者たちは室内の掲示、本棚に並ぶ絵本、絵筆やハサミといった道具をじっくり観察している。ある子の手が汚れ、保育士が「おてて、あらってきて」と言った。そんな会話にも耳をそばだてている。

午前10時すぎからはみんなで遊ぶ時間だ。保育士はオルガンをひいてみんなで歌った後、アサガオの絵本を読み始めた。前日にタネを水に浸し、近く植えるのだという。ほとんどの子は絵本に関心を示し、何人かが質問を投げかけた。保育士は絵本の読み進めを中断してひとつひとつ丁寧に答えているが、下を向いて他ごとをしている子もいた。

午前11時からは園庭で遊ぶ時間。特定の遊技に集中することなく、ペットボトルを坂で転ばして遊んだり、図鑑を持ってきて読みあさったり、思い思いに遊んでいる。子ども同士が接触して転び、保育士が駆けつける場面もあった。

評価者たちは黙って観察し、評価シートに書き込んでいく。私も「はい/いいえ」をチェックしていくのだが、評価シートの言葉と目の前で起きている現実がなかなか重ならず、判断は難しい。

この日は評価者が多く、保育士も子どもたちもやや緊張していた。通常は4人程度で評価するという。

話し合い、そして最終評価へ

同志社女子大学教授の埋橋玲子

みんなで昼食をとりながら情報交換をした後、いよいよ話し合い開始だ。

評価者と評価された保育士が一緒にテーブルを囲む。埋橋が司会をし、評価者はひとりひとり、項目ごとに採点結果を発表して理由を説明する。話し合いがかみあってきたところで、埋橋が最終的な点数を決めていく。

評価者からは時折、「『おてて、洗ってきて』という言葉は適切だったのか。手が汚れたらどうしたらいいか、自分で考えられるような問いかけが必要だったのでは」「先生主導で『こうしよう』というフレーズが多く聞こえた」などの厳しい評価も飛び出す。評価された保育士の顔が曇る場面もあった。

この日、いちばん議論になったのは、「保育者による絵本の使用」の項目だ。評価者の1人が「途中で内容を説明してしまうと、子どもは興味を失う。一回は読み通して感動を一緒に味わうのが絵本だ」と指摘すると、別の評価者は「私はとらえ方が違う。子どもたちは前日にアサガオのタネを水に浸していた。この絵本は観察と科学の本だ。ひとつひとつ確認しながら読み進めるやり方で良かったと思う」。議論を踏まえ、埋橋の裁定は5点だった。

2時間が過ぎ、評価はひととおり終わった。最後はみんなで保育士をねぎらいつつ、1人ずつ感想を語った。

「自分の保育を振り返る機会となった」

「子どもたちがたくさんの遊びの中から自由に選択しているのに感動した」

「保育の基準がないと取り組み方が漠然となる。このスケールがあれば、ひとつでも自分の園でやっていけることを増やそうと思う」

私は「採点そのものよりも、みんなで議論することを通じて問題意識を共有するプロセスが大事だと感じた」と述べた。

埋橋は10年以上、こうした評価実習を重ねている。「保育のノウハウがシェアされ、どんどん良くなっていく。それが楽しい」という。

最後に、この日評価されたクラスの担任の保育士2人が感想を語った。埋橋が次に別の保育園で行う実習に、今度は評価者として参加するという。


保育の質を測る

この日評価された保育士2人が最後に感想を語った。次は評価する立場で別の保育園へ行く。撮影:鮫島浩






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