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京都へおこしやす

迷惑だった観光客を積極的に受け入れたワケとは?

タイ国立チェンマイ大で聞く「逆転の発想」の源

GLOBEの特集「京都へおこしやす」で紹介したタイ国立チェンマイ大学(CMU)のキャンパスツアーの取り組みは、キャンパスで迷惑行為を引き起こした観光客を締め出すのではなく、態勢を整えて積極的に受け入れてしまう「逆転の発想」だった。同じように外国人観光客の急増に悩んでいた古都・チェンマイの仏閣など、多くの観光地のお手本ともなったこの対応は、なぜ生まれたのか。本編の記事にも登場した関係者2人の言葉を詳しくお伝えしたい。(GLOBE編集部・西村宏治)


◆「異文化を理解し、寛容な対応を」 ローム・チラヌクロム副学長(卒業生・国際関係担当、56)

◆「地元にお金が落ちる新たなエコシステムを」ダナイトゥン・ポンパチャラトロンテップ講師(41)


「異文化を理解し、寛容な対応を」 ローム副学長

――ここ数年、キャンパスに急に中国人の観光客が増え始めたそうですね。

チェンマイは、人気歌手のテレサ・テンの亡くなった場所だとか、そして人気映画の舞台にもなった。そういうことで急に観光客が増えてきたんです。2013年のはじめごろからです。それは、カオスでした。まずキャンパスにバイクや車が増え始めて、交通ルールの無理解による事故が出はじめました。それから建物に入ってトイレを使うといったことが出てきた。そして学生食堂です。食事が安くておいしいと評判になって、観光客の列ができてしまった。学生の食事がなくなってしまったんです。


なにより、苦情が出始めたのは、教員が授業に行ったら、教室に座っている観光客がいるというんです。校外の売店で制服を買って。信じられませんでした。さすがに何とかしなければならない。そこで、学長のもとに急きょ対応チームをつくって議論を始めました。そこから、一歩ずつですよ、本当に一歩ずつ、試行錯誤をしながら対応を決めていったのです。


――どんな議論になったのでしょうか。

一部の学生や教員、スタッフからは、締め出せという声が出ていました。私は、日本の大学もよく知っていますが、日本では基本的に関係者以外はキャンパスに立ち入り禁止ですね。そういう環境で学問に集中する、それはそれで素晴らしいことです。ただ、私自身もそうですが、キャンパスをシャットアウトしていいのか、という議論もあったんです。

ひとつは、実際にできるのかどうか。入ってくるのをいちいち細かくチェックするというのが、現実的に可能なのかどうか。もうひとつは大学の成り立ちにかかわります。チェンマイ大は1964年、タイ北部最初の国立大学として創設されました。これは、北部の人々の、ここに学問の拠点を置いてほしいという願いからできたんです。こうした由来もあって、チェンマイ大は伝統的に地域に開かれていること、地域とともにあることを意識してきました。ここに蓄積される「知」は、この地域の人々に開かれているべきなんです。ですから、キャンパスを閉じてしまうことは、なるべく避けたかった。


なんとか前向きに対応できないか、議論を進めました。まず、彼らはどういった人々で、何をしにキャンパスに来ているのかを聞きました。すると多くのひとが、キャンパスの風景に引かれて来ていることが分かった。だったら、その部分は見てもらえるのではないか。そこからまた、一歩ずつ議論し、翌2014年の3月「Visit CMU」というキャンパスツアーを始めました。


せっかく関心を持ってもらっているのだから、キャンパスは見ていただく。そのための便宜として、学生用の乗り合い電気自動車を使ってもらうことにしました。ただし運営費が必要ですから、その分は料金としていただきます。そこからまた、一歩ずつ、受け入れ態勢を整えていきました。大学についての解説を録音して、バスの中で流したり、最も写真を撮るのに人気だった場所では停車して、そこで10分ほど、写真を撮ってもらうようにしたり。待っている間の時間のために売店やカフェを設けたり、中国の方にはマンゴーシェイクが人気だとなったら、それをメニューに用意したりね。


いまでは1日600人ほどの利用があります。春節の時期には1千人を超えますね。本来は学生のためのキャンパスを使っているのですから、利益は学生の奨学金などにあてています。

――それで問題は解決したのでしょうか。そして、今後は。

100%解決したのかと言われれば、そうとは言えないかもしれません。でもかなり改善されたのは事実です。ソーシャルメディアの普及も、大きな力になりました。今後も、さらに前向きに変化できないかと考えています。大学は、学びの場です。異文化を学ぶ場所でもあります。これだけ異文化が接触する機会があるのですから、それを学びの機会に変えられないかと考えています。


いま観光客のみなさんは、キャンパスの見た目の美しさにひかれて来てくれています。でもこれを、学びの場にできないか。もちろん学生が観光客のみなさんから学ぶということでもいいし、逆に、観光客のみなさんにタイについて学んでもらえる機会にできないか、そして相互理解をさらにさらに深めていけないだろうか。そんな風に考えています。


――大学が、その経験から学んだことはどんなことでしょうか。

異文化を理解し、寛容に対応する必要があったということです。キャンパスに急に増えた観光客は、初めて海外に出る人が半分以上でした。彼らは最初、無秩序にキャンパスを動き回った。でも、それはルールがなかったからなんです。ひとたび何をしてもよくて、何はしてはいけないかが浸透すれば、彼らはルールを守ります。こちらを理解してもらうためには、私たちも彼らを理解する必要があったんです。そして、このキャンパスの小さなモデルは、同じような問題に悩んでいた市内のお寺、僧侶の方々にも広がっていきました。


――私は京都から来ているのですが、日本でも、同じように観光客の急増にどう対応すべきか、悩むところが出てきています。

京都は、私も何度も訪れていますが、素晴らしいところですね。歴史も文化もあります。多くの観光客が訪れるのは、当然のことだと思います。そこでは私たちタイ人だって、文化への無理解から、迷惑な行動をしているのかもしれません。そうしたことは、どこでも起こりうるのです。ですからぜひ、寛容のこころで、異なる文化の相互理解の場にしてほしいと思いますし、そうなっていくものと信じています。


「地元にお金が落ちる新たなエコシステムを」 ダナイトゥン講師

――チェンマイに来る中国人旅行者の動向を調べているとうかがいました。

私は、もともとの専門はビジネスです。ただ、中国への留学経験があり、中国語が話せるので、2013年、大学が中国人観光客の増加に悩んでいたときに対応チームの一員となりました。そこから、彼らが何を考えていて、どういう行動を取っているのかを調べるようになりました。彼らの考えていることが分からなければ、対応の取りようがありませんから。


――どんなことを調べたのですか。

たとえばなぜ来たのか、ということです。チェンマイに中国人観光客が増えたのは、2012年から13年にかけて大ヒットした映画「人再囧途之泰囧(Lost in Thailand)」の影響がありました。実は、大学もロケに使われたので、その影響かと考えました。ところが映画を見ると、大学が出てくる場面はほとんど分からないんです。ではなぜ、そんなに観光客が増えたのか。観光客に尋ねてみると、影響力の大きなインターネットの旅行サイトやSNSのためと分かりました。そこで「写真を撮るべき景色」として紹介され、人気に火がついたのです。


中国人がどういう考え方をするのか、ということも新たに分かったことでした。タイ人は、たとえばタイ語で「サバイ、サバイ」と言いますが、あいまいだけれども、でもそのあたりで、という感覚でものごとを進めていくことが多い。境界はあいまいです。でも中国人観光客に聞くと、むしろルールをはっきりさせてほしい、というニーズがあることが分かった。ここまではいいけど、ここから先はだめだという限界がはっきりしていないから、どんどん入ってきて問題が起きたわけです。

こうした考え方をキャンパスツアーに反映しました。だからルールは明示しています。基本的にツアーバスから降りてはいけないとか、建物には入ってはいけないとか。ただ、一方では上から目線にならないように、漫画にするとか、やわらかい表現にするとか、そういう工夫も必要だと考えています。


――SNSの影響がやはり大きいんですね。

大きいです。その後、影響力はさらに増しています。これは私を含めた3人の共同研究ですが、15~16年にはチェンマイで約400人の中国人を対象に、どこを訪ねているのか、なぜチェンマイを選んだのかなどを調べました。最初は団体旅行が多かった印象がありましたが、その時点の調査では、ほとんどが個人旅行で、その情報源はほとんどスマートフォンでした。


一方で、SNSのおかげでタイへの理解も広がっていると思います。キャンパスについて言うと、中国人留学生もずいぶん貢献してくれました。中国人へのインタビューもしてくれましたし、彼ら自身がSNSで「こういうことをすると嫌われるぞ」と発信してくれて、それも着実に浸透していったと思います。

――その後、地元と観光客との摩擦は解消されたのでしょうか。

これはまだ分析中ですが、16~17年に、チェンマイと南部の観光地プーケットで、地元の人間300人ずつに中国人観光客の印象を聞きました。大部分に「うるさい」「不作法」「交通ルールを守らない」といった印象がありましたが、「中国人に来てほしいか」という質問では「来てほしい」という回答のほうが多かった。経済効果を考えれば許容できる範囲だという答えが多かったんです。これは、状況が改善してきたからでしょう。政府も格安ツアーの排除や、陸路での入国の制限などで積極的な対応を取っていますので。


――このまま問題は解消されていくということですか。

中国からの観光客の急増という事態は、トラブルは引き起こしましたが、これらはもうコントロール可能だと考えています。しかし調べるうちに、新たな問題、考えようによってはより深刻な問題が出てきていることに気づきました。お金の回り方の問題です。ビジネスで言う「エコシステム(生態系)」が中国側でほぼできあがっているんです。

――どういうことでしょう。

中国の個人旅行者は、ほとんど中国側の情報源、とくにSNSをもとに旅行しています。これにあわせ、チェンマイでは中国人が投資してホテルや物販店、レストランなどのビジネスを始める動きが急速に進んでいます。そうすると中国人の旅行者は、中国のSNSを見て行き先を決め、中国の旅行代理店でチケットなどを手配し、中国人経営のホテルや物販店、レストランにお金を落とすということになります。


さらに重要なのは、これら全てが中国のネット決済プラットフォームで決済されていくということです。私がビジネスの研究者だから、そういうことにより敏感なのかもしれませんが、これではチェンマイにお金が落ちませんし、資金の流れが追えません。先にすべて中国で支払いを終えてきてしまっていれば、お金の流れを追って税金を取るのも難しくなります。これでは、なんのために観光客を誘致しているのか、ということになりかねません。


――どうすればいいのでしょうか。

私は、せっかくの観光客が増えた機会ですから、地元のビジネス界がもっと積極的に生かすべきだと考えています。私たちが、負の側面はありながらも観光客を受け入れるのですから、私たちのビジネスチャンスにすべきだということです。そこで、いまは中国人旅行者がどんなことを考えているのか、どう行動しているのか、逆に中国人のビジネスオーナーがどういう動きをしようとしているのかを調べて、セミナーなどで伝えています。いずれにしても、こうした問題意識を持って、なるべく地元にお金が回る新たなエコシステムをつくっていく必要があるのではないかと考えています。

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