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京都市、独自に通訳ガイド育成中

業界は当初反発


外国からの観光客が急増し、対応に追われる京都市。打ち出した対策のひとつが、外国語で市内を案内するガイドの独自育成だ。だが、そうすんなりと導入できたわけではない。背景を取材しつつ、研修に同行した。(GLOBE編集部・藤えりか)




伏見稲荷大社での模擬ツアーで、観光客役のマリヤム・ゼイドさん(手前中央)とエミリエ・ブリヤソンさん(手前左)に説明する研修生の濱川美子さん(手前右)=藤えりか撮影

3月半ばのひんやりした朝、京都市伏見区の伏見稲荷大社の大鳥居の下に、英語の図解パネルなどを抱えた日本人や中国人約30人が集まった。市が昨年始めた認定通訳ガイド「京都市ビジターズホスト」をめざす研修生たちだ。この日は、それぞれ英語と中国語、フランス語の計7班に分かれての模擬ツアー。各班には観光客役として、京都や近辺に住む外国人が1~2人ずつついた。


私が取材したのは英語班のひとつ。研修生は元航空会社客室乗務員で翻訳業の森文子さん(55)、欧州など海外で勤務経験のある濱川美子さん(47)、立命館大学に勤める豊﨑舞さん(27)、京町屋で民泊を営みながら、日本の風物詩をウェブサイト「ジャパネスクエスト(Japanesquest)」で紹介する那須裕介さん(33)。観光客役を務めたのは、滋賀県に住むカナダ人研究者マリヤム・ゼイドさんと、グラフィックデザインを学びに来た京都在住のノルウェー人学生エミリエ・ブリヤソンさんだ。


「伏見稲荷で最も有名な食べ物のひとつ。それは……スズメとウズラです!」。参道名物、スズメとウズラを店頭で焼き上げる店の前で、豊﨑さんがインターナショナルスクール仕込みの堪能な英語で語りかけると、ゼイドさんが「本当?!」と目を見開いた。豊﨑さんはすかさず「伏見稲荷は五穀豊穣(ほうじょう)の神様。コメを食べるスズメを退治するため食べるようになったんです。私は食べたことがないですけどね」とおどけながら説明、ゼイドさんたちは表情を和らげた。ちなみに、子どもの頃によく伏見稲荷大社に初詣に行った私は、食べたことが、あります。

伏見稲荷大社の千本鳥居を案内する研修中のる豊﨑舞さん(左端)と那須裕介さん(右端)=藤えりか撮影

この日の「旅程」は、伏見稲荷大社に二条城、昼食をはさんで祇園の花見小路や白川。シメは三年坂や二年坂を上って清水寺だ。人混みをかき分けこなすのは案外大変で、夕方近くになると、ゼイドさんやブリヤソンさんの足取りも重くなってきた。森さんがすかさず、持ってきたミニチョコをひとりずつ配る。私までいただいた。うれしい気配りに一同、和む。


当初はどこか硬い表情だったゼイドさんもブリヤソンさんも、次第にガイド役の研修生たちと打ち解けていく様子が見てとれた。そうして関係を築くほど、ガイドの説明が旅人により響くようになるということかもしれない。ツアー後、ゼイドさんは言っていた。「京都の近くに5年住んでいるけれど、舞妓と芸妓の違いなど、学ぶことがとても多かった。来日当初、きれいだなぁと建物を見ても背景はよくわからなかったけれど、今日の説明で知ることができた」。東京から3年前に京都へ移り住んだ那須さんはこの日の研修後にこう話していた。「京都のよさは、歴史的背景などの説明なしにはわからないものが多く、海外の人も楽しみづらい。ガイドをつけることで満足度も上がるのでは」

京都・祇園の花見小路通で、ガイド役として説明する森文子さん=藤えりか撮影

地元の表具や漆器、西陣織などに携わる経営者や研究者による専門研修も経て認定された1期生は56人で、専用サイト「クレマチス」などを通して1日3万~4万円前後で活動を始めている。英語と中国語に加え、2期生からはフランス語も。今後さらに言語を増やす計画だ。


業界は猛反発


だが当初、業界からは猛反発を浴びた。


「『日本の顔』である京都市で短期間の研修を受けただけの即席の外国語ガイドに有償サービスを提供させることは、国家のイメージを損なう恐れ」「研鑽を日々積んでいる国家資格の通訳案内士の積極活用こそが京都の訪日観光の要」。こんな文書が2015年、門川大作・京都市長(66)あてに届いた。出したのは、全国の通訳案内士から成る「全日本通訳案内士連盟」だ。その後も、制度中止を求める抗議のファクスなどが市に相次いだという。


外国からの旅行者を外国語で有償で案内できるのは従来、国家資格者の「通訳案内士」に限られていた。だが、観光庁によると、2016年4月時点で全国に2万人あまりいる通訳案内士のうち、所在地は首都圏が約6割。登録言語も約7割が英語で、需要が急速に高まる中国語は1割強にとどまる。観光客が急に押し寄せるようになった地方の都市からは「足りない」との声が上がっていた。そこで、観光立国を掲げる政府は2012年、自治体や特定の地域が独自の研修で養成できる「特例通訳案内士制度」を設けた。観光庁によると、今年1月時点で札幌市から沖縄県まで全国20地域で導入、京都市はそのひとつだ。

二条城の重要文化財、二の丸御殿唐門について説明する研修中の森文子さん(左手前)と濱川美子さん(左から2人目)=藤えりか撮影

紙面の特集「京都へおこしやす」でも書いたように、京都を訪れる外国人観光客は特にここ4年ほど著しく増え、市内の外国人宿泊客数は2015年で316万人と03年比で約7倍になった。市の人口の2倍以上で、市外で宿泊した人たちを含めるとさらに多くなる計算だ。比例するように不満もじわり増え、市の調査によると、訪れた外国人が京都観光で残念に思ったことが「あった」とした人は2015年に17.4%と、前年より6.5ポイント増えた。理由は、12.9%が「外国語の案内表示が足りない」「英語が通じない」を挙げていた。独自のガイド育成にはそうした背景もある。


京都の動きに対し、全日本通訳案内士連盟は「兵庫なども含め、京都に通える通訳案内士は(英語と中国語だけでも)計約3000人いる。通訳案内士が不足している他の地域とは違う」(松本美江理事長)などと主張する。だが、京都市の三重野真代・観光MICE推進室担当部長は言う。「観光客の人たちは、そこで人々がどんな風に日々暮らしているか、住まいはどうかといったものも含めて深く知りたがる。ガイドは基本的に、住んでいる人が案内しないと意味がないと思っています」


観光庁出身の三重野部長は東京の関係会議に出向き、全日本通訳案内士連盟の人たちにもその意義や、研修の充実ぶりなどを説明して回った。そうして、「通訳案内士」と混同しない名称にしてほしいという連盟の要望をいれて「京都市ビジターズホスト」という呼称をつけた。現在の研修は、現役の通訳案内士が講師にもなり、すでに通訳案内士の資格を持つ人も受講している。森さんもそのひとりだ。その森さんも模擬ツアー研修の日、「観光客役の方が男性か女性か、どこの国の出身の方か事前にわからず、どういう風に準備したらいいか悩んだ」と話していた。観光客役のゼイドさんは、イスラム教徒のクエート系。森さんは昼食時、彼女のための豚肉などのないメニューの用意を厨房と交渉していた。


模擬ツアー研修の1週間後に開かれたフィードバック研修。中国語班は、京都に長く住む中国人研修生が目立った=藤えりか撮影

現地研修からちょうど1週間後、京都市役所近くの会議室で開かれたフィードバック研修でも、文化や宗教などの違いをめぐる急な対応や戸惑いが多く話題に上った。「1日に5回礼拝する必要があるというイスラム教徒の方が観光客役だったので、ルートを変更しつつ、礼拝できる場所を探して案内した」「中国の方だったので仏教徒だと思ったら、クリスチャンだった」「米国人の観光客役が、お茶を飲めないモルモン教徒の人だった」。反省点を踏まえて発表する各班に、通訳案内士の女性講師が豊富な経験をもとにアドバイスした。「私も今週、イスラム教徒の方をご案内してお祈りの場所を探した。旅行中だからと我慢されている場合もあり、それを聞いて案内すると『時間をとっていただいて』と本当に喜ばれた」

京都・祇園には外国人観光客向けにこんな看板も=藤えりか撮影

観光客の急増を背景にした規制緩和の流れはさらに先をゆく。規制改革会議の答申を受けた政府は今年3月、資格がなくても外国人を外国語で案内できる法案を閣議決定した。今度は京都市ビジターズホストが、通訳案内士と同じように競争にさらされる側となる。「悪徳ガイドが出てきかねない。すでに活動して定評のある通訳案内士を、京都市ビジターズホストとともに活用する必要がある」と全日本通訳案内士連盟。京都市の三重野部長は「自由化でガイドが増えれば増えるほど、質が保障された京都市ビジターズホストの強みが増す」と言う。京都市ビジターズホストをめざして研修中の濱川さんは「知識を磨いてスキルを上げ、差別化していかないといけないなと思う」と話していた。

 

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