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自閉症を旅する

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手紙を機に少年は変わった~発達障害とともに






2008年3月と4月に連載した「発達障害とともに」に計400通の声が寄せられました。このうち4月の「反響編」には150通が届き、掲載した意見への共感や励ましも数多くありました。あらためて、発達障害への関心の高さと問題の深刻さを感じました。一部をお伝えします。




かつて小学校の運動会のリレーで、混乱してウサギ跳びをしてしまった自閉症の男の子が、全国障害者スポーツ大会の50メートル走で銅メダルに輝きました――。連載を読んだ小学校教諭から、教え子の成長をつづった手紙が届いた。支えたのは、両親や地域の人、先生らの温かなまなざしだ。


青森県五所川原市の小学校教諭、鈴木千賀子さん(48)は3月、タイヤ交換のため市内の自動車整備業「小野商会」を訪れた。


代表の小野浩志さん(52)と妻幸美さん(45)の長男で、青森第二高等養護学校3年生の浩太さん(18)は自閉症。鈴木さんは、浩太さんを市立一野坪小学校の2年から卒業まで特別学級の担任として受け持った。


「見せたいものがあるんです」。久しぶりに再会した幸美さんが写真を手渡した。昨年10月、秋田市で開かれた全国障害者スポーツ大会。青森県代表として知的障害者少年男子50メートル走に出場した浩太さんが、力強く地面をけっていた。7秒11で銅メダルを獲得したと聞き、鈴木さんは感慨にふけった。



     □       

浩太さんが小3のときの運動会。全校を縦割りに3組に分けて競う全学年リレーがあった。特別学級の児童は浩太さん1人。「同じ組だと勝てない」。鈴木さんは直前、浩太さんを話題にする児童の会話を耳にしていた。悔しい思いで、練習を重ねた。


号砲を合図にリレーが始まった。数人の児童がコーナーを回り、浩太さんにバトンが渡った。すると、浩太さんは突然腰を落とし、両手を耳にかざして跳びはね始めた。ピョーン、ピョーン。ウサギ跳びを繰り返した。鈴木さんは急いで駆け寄り、「走るんだよ」と大声を上げた。浩太さんは、上級生に付き添われ、ようやく次の走者につないだ。


翌年の運動会の4年の種目は借り物競走。


スタートを切った浩太さんは「メガネをかけた人」と声をあげた。保護者席にいた同級生の父親が駆けつけ、手を取り合い1等賞になった。数日後、この父親から浩太さんに手紙が届いた。「おじさんは、運動が苦手だったので、1位になったことがありません。君と一緒に1位になれてよかったよ」。鈴木先生は、この心配りが何よりうれしかった。初の1等賞が、走ることの喜びを感じるきっかけになった。


鈴木さんは思う。「あの手紙のやさしさが彼の心を成長させる栄養になったはずだ」


     □

鈴木さんと一緒に小野商会を訪ねた。


浩志さんは、3年生の運動会を「惨めで、穴があったら入りたかった」とふり返る。入学時、同校に特別学級はなく、市教委から特別学級のある他校を勧められた。だが、地元校を選んだ。「ここで育ち、暮らしていく。だから、地域の人に浩太を分かってほしかった」。それでも、大勢の前で奇行が目立ってしまう運動会は苦痛だった。


浩太さんは6年生のころから、体も成長し、足も速くなった。一昨年の県障害者スポーツ大会100メートル走で1位になり、秋田の全国大会への県代表となった。


走る喜びを感じたのは「小4の借り物競走」とほおを赤くしながら答えた。浩太さんが見せてくれた銅メダルはずっしりと重かった。


10月に大分市で開かれる全国大会にも出場する。「目標は金メダルです」 


(太田康夫)

(2008年7月17日掲載)



 

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