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自閉症を旅する

「空腹」がわからない~発達障害とともに




発達障害者支援法が施行されてこの春で4年。地域で発達障害のある人を支援する取り組みはそれなりに広まってきました。とはいえ、アスペルガー症候群など当事者の多くは、その特性が一般の人になかなか理解してもらえないことにもどかしさを感じています。体験を本にまとめて発信する取り組みを紹介します。




3年前にアスペルガー症候群と診断された東京都在住の綾屋紗月(あややさつき)さん=ペンネーム=(34)は、知人の小児科医との対話を通し、自らの内面を詳細に表現した「発達障害当事者研究」(医学書院、2100円)を出版した。


幼少時から集団にとけ込むのが苦手だったという綾屋さん。友だちが楽しそうに話している様子は「ガラス越しの隔絶した世界」に感じた。街中の看板がみるみる大きくなって、覆いかぶさってくるような感覚に襲われたこともしばしばある。寝る前、その日に会った人が突然頭の中に次々と現れ、つらい思いをしたことも。「自分には欠陥があるのではないか」と不安に感じた。


05年、アスペルガー症候群の当事者が書いた本を読んだ。自分と特徴がよく似ていた。そのころ、大学時代に手話サークルで知り合った、友人で小児科医の熊谷晋一郎さん(31)に相談した。熊谷さんに紹介された専門医に診てもらい、アスペルガー症候群と診断された。


熊谷さんはその後、彼女が抱える悩みや苦しみ、その原因を詳しく聞いた。「レストランでなぜなかなか注文できないのか」「空腹感をどう理解するのか」……。約半年かけてコミュニケーションをうまくとれない状況や思考の過程などを記録した。脳性まひにより、車いす生活を送る熊谷さん。彼女が抱える困難さを自らの体験と比べ、理解し合うまで対話を重ねた。


そうしてまとめたのが今回の本だ。


例えば、綾屋さんは「おなかがすいた」と感じるのが苦手だ。長く食事をしていないと、「ボーっとする」「頭が重い」「胃のあたりがへこむ」といったことを自覚する。しかし、それらは風邪をひいたり、疲れたりしたときもあることなので、「空腹感」とすぐには結びつかない。胃のへこみが親指大から、どら焼きぐらいに大きくなり、ボーっとした感じが続くことでようやく、「おなかがすいている状態」を認識する。本では、こうした過程を図解している。


気温の高低も感じ取りにくい。冬場の朝に目覚めた時、「脚が痛い」「体が重い」「無性に寂しい」と感じる。だが原因が、風邪、筋肉痛、空腹のどれなのかは分からない。家族が「今日はとても寒い」と話すのを聞き、気温が低くて体が冷えていることを理解する。

 こうした分析を通し、2人は「感覚や行動をまとめ上げるのが、とてもゆっくり。だから、アスペルガー症候群や自閉症の人のなかには、過敏なのに鈍感に見られる人もいるのではないか」との仮説を示した。


熊谷さんは「綾屋さんの感覚のすべてが、アスペルガー症候群が理由かどうかわからない」と前置きしたうえで、「彼女の内面を多くの人に知ってもらい、理解や共感が得られればうれしい」と話す。自分の内面を話し、「おかしな人」と思われるのを避けて、感じていることを内に秘めてきた綾屋さん。だが、「熊谷さんと対話し、理解してもらえたことで、ガラスの向こう側とつながり始めた気がした」という。


本を読んだ「よこはま発達クリニック」院長の内山登紀夫さん(52)は「綾屋さんの内面が客観的、冷静に分析されている。熊谷さんとの対話によって、より分析が深まったように思う。発達障害者の内面の詳しい研究はまだ本格的には進んでいないだけに、一般の人にも理解できる文章で伝えた意義は大きい」と指摘。一方で、「発達障害の人の特性は共通点もあるが、感覚はそれぞれ違っており、それぞれの個性に寄り添って支援する必要がある」と話している。


(太田康夫)



(2009年2月10日掲載)



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