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デザイン思考が変える

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デザインが医療を変える

セント・メアリー病院のデザインスタジオ

 



デザインの力で医療現場が抱える課題を見つけ解決する――。そんな試みが英国ロンドンのセント・メアリー病院を拠点に続けられている。 医療とデザインという、一見縁の遠い二つの分野が融合すると、どんな発見があり、どのようなイノベーションが生まれるのだろうか。


ヘリックスセンターのデザインスタジオ
photo:Nakamura Yutaka


キャサリン妃が王子と王女を出産したことで知られるセント・メアリー病院の一角に、温室のようなガラス張りの建物があった。王立芸術大学院とインペリアル・カレッジ・ロンドンの医学部が手を組んで生まれたヘリックスセンターのデザインスタジオだ。両校のコラボで生まれたものといえば王立芸術大学院のイノベーション・デザイン・エンジニアリング(IDE)学科(本編3のpart1)もそう。ヘリックスセンターはIDEに続く試みでもある。


スタジオで出迎えてくれたシニアデザイナーのマシュー・ハリソンは「製薬会社や医療器具メーカーを顧客に持つデザイナーや、医療分野に関心のあるデザイナーは多いことでしょう。しかし、病院の内側で日々医療従事者と顔をつきあわながらデザインする現場は、世界でもここだけではないでしょうか」と話す。現在センターの陣容はデザイナー8人、臨床医6人だという。


これまでにどんな成果があったのか。


たとえば、スマホで使える情報共有アプリ「HARK」。すべての患者の情報がリアルタイムで更新され、どんな医療行為が必要なのか、手当の優先順位はどうか、一目でわかるという。患者が緊急を要する場合なら、すぐに駆けつけられる最もふさわしい専門医に詳細情報が伝えられる。


開発のきっかけは、医師や看護師の情報共有のあり方が時代遅れなことに驚いたことだった。医師を呼び出すのにポケベルを使ったり、患者の情報を伝えるのにプライバシー情報の保護に問題のあるSNSのアプリ(日本のLINEに相当)を使ったり。医師や看護師に密着していると、医師の繁忙期が人それぞれで、忙しい医師がいるいっぽうで比較的余裕のある医師もいることや、シフトの交代時に引き継いだメモの中身が患者の容体が急変したら使い物にならなくなることがわかった。

ハリソンさん(右)とフッサーリさん
photo:Nakamura Yutaka



飛行機みたいな救急車


「現場をよく観察し、ニーズを見極め、試作を繰り返し、社会に実装する。ユーザーとともにデザインを考えるインクルーシブデザインの手法で生まれたものです」とハリソンは振り返る。ただ、実際に市場で流通できるレベルに仕上げるには相応の資金やマンパワーが必要で、小所帯で資金に限りのあるヘリックスセンターにその体力はない。この「HARK」は、グーグル傘下の人工知能企業「グーグルディープマインド」が買収したことで「社会に広まる道筋ができた」とハリソンは語る。


医療現場にデザインを持ち込むという発想自体は、王立芸術大学院でインクルーシブデザインの普及に取り組むヘレンハムリンセンターが温めていたものだ。それを実現するにあたって大きな役割を果たしたのは、同センターを中心に新しい救急車の姿を求めたプロジェクトだ。新装した車内は、ストレッチャーを中央に置き、患者の周りを救急救命士がぐるりと動けるようにし、飛行機の機内のように曲線を中心にデザインし、清掃のしやすさや安全に配慮。通信設備も整え、専門医の知見を得たり、患者の既往歴を調べたりすることも出来る。2012年に国内最大のデザイン賞の輸送部門で大賞を受賞した。ただ、実用化はまだ先だ。


担当したデザイナーのジャンパオロ・フッサーリは「この計画によってデザイナーが病院に入るきっかけができた。受賞のおかげで、ヘリックスセンターの運営に政府からの公的助成が4年間受けられるようになった」と説明する。


しかし、公的補助が受けられるのは今年まで。今後はどのような展望を描いているのか。


ハリソンは「デザイナーが医療現場で果たす役割は尽きないことが分かりました。終末医療にデザインの発想を入れてみるとか、具体的なプロジェクトを今後も進めていきたい」と話している。


(中村裕)

(文中敬称略)





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