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「みんなの経済」の未来は? 仏社会経済学者ジャン=ルイ・ラヴィルに聞く

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フランスの社会経済学者、ジャン=ルイ・ラヴィル=江渕崇撮影

――世界では、グローバル化を志向する経済と、主権を取り戻そうとする国家の間の緊張が高まっています。そのなかで、株主の利益追求を目的としない「連帯経済」の役割はどこにあるのでしょうか。

 私たちは今、いくつかの点で第2次大戦前の1930年代のような時代にいます。人々は将来に不安を持ち、自分の子ども世代の将来も心配している。なぜならグローバル化がもたらす不確実性が極めて大きくなっているからです。そのため人々は、ポピュリズムや極右、人種差別のような後ろ向きの解決策を求めてしまっています。かつて経験したことのある仕組みや秩序の中でなら、自分たちを守れると思っているのです。

フランスの社会経済学者、ジャン=ルイ・ラヴィル=江渕崇撮影

 この困難な時代に連帯経済が役割を果たせるとすれば、グローバル経済から人々を保護・解放してあげることです。人々は不安を払拭(ふっしょく)したいし、自分たちの立場が安定するよう求めているのです。それは当然の権利です。ここブラジルでの数々の実践をみればわかるように、連帯経済は、後ろ向きの解決策に走ることなく、多様な生き方を追い求める人たち同士をつなげる役割を果たしています。

――ただ実際には、市場の行きすぎに対処するには、連帯よりも国家こそが解決策だという風潮が強まっているように感じます。

 そうなのです。私たちは、20世紀の議論がずっとそうであったように「市場が十分でなければ国家の出番」という、市場/国家の二元論に陥りがちなのです。連帯経済が示そうとしているのは、21世紀にはこの二元論では不十分だということです。私たちは新しい三角形の思考が必要なのです。それは、市場、国家、そして市民社会です。国家は必要ですが、十分ではありません。

――国家の機能で大事なのは再分配ですが、それでは不十分だと。

再分配は必要ですが、それだけではダメです。経済は市場だけで成り立っているわけではなく、国家の再分配があって、さらにコミュニティーでの共同作業や家事などもあります。ブラジルなど南米についての多くの研究が明らかにしたのは、成人の半分ほどは、非公式な仕事についているということです。人々がどのように暮らしているのかを全体として理解しようとすれば、彼らは市場と国家のみで暮らしているわけではなくて、家庭内やコミュニティーでの統計に表れない日々の関係のなかで暮らしていると気付くはずです。

連帯経済の協同組合「ウニベンス」で働く女性たち=江渕崇撮影

自分のことを考えてみてください。私たちが日々暮らす中で、かならずしも市場や再分配とは関わりのない行動はたくさんあるはずです。私たちは、あまりにも市場/国家の二元論のメガネに慣れてしまったせいで、新しい見方をするのが難しいのは承知していますが、それを乗り越えて21世紀らしい新しいステップへと踏み出す必要があるのです。

――市場/国家の二元論のメガネがそれほど強固なのはなぜなのでしょう。

 背景には、マルクス主義と自由主義をめぐる、19世紀からの込み入った歴史的経緯があります。その二つのイデオロギーのせめぎ合いの中で、国家と市場以外のすべての要素は、ユートピアであり、なんの現実性もないナイーブな夢であるとみなされ、それはまったく「存在しない」ものとして扱われるようになったのです。たとえばブラジルでは、国家が近代化を遂げる過程で、先住民たちの文化や経済は遅れているものとの烙印(らくいん)を押され、忘れ去られました。私たちは、いったんは忘れてしまった経済の多元性を再発見しなければなりません。経済とはもっと複雑なものだというイメージを思い起こすための努力が必要なのです。

 連帯経済はある意味、とても弱い存在です。あまりに小さいがために、なんの重要性ももたないと思われてしまっています。しかし、それは将来への胚芽(はいが)ととらえることも可能なはずです。市場を補完する存在でも、国家を補完する存在でもなく、全く新しい何かになっていく胚芽です。

Jean Louis Laville 1954年生まれ。フランス国立工芸学院教授。世界の連帯経済研究の第一人者。