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社会に還元されるようなデザイン

World Now 更新日: 公開日:
photo:Takahashi Yukari

――水谷さんは、1980年代、90年代、商業ポスターで国内外の賞を多数受賞しました

高度成長とバブル経済の時は、奇抜なデザインをすることで賞を取り、お金が入るという時代でした。富を得ることが幸福であるというような時代で、僕も愛知県から上京し、その波に一緒に乗ってしまった。大手広告会社から同時に45件の広告キャンペーンの発注を受けるような年が3年ぐらい続きました。

――しかし、それに疑問を感じるようになりました。

航空会社の海外路線拡大のキャンペーンを担当したときのことです。大物スターを起用するということで、広告会社が1億円で借りたハリウッドのスタジオで我々は1週間かけてリハーサルを行った。それでも、スターは片手間仕事で撮影はたった45分。空しさが残りました。「デザインってこういうことなの?」と。売れたら企業は大きくなって、ぼくたちは結構なデザイン料をもらうけれど、感謝はされない。デザインはもっと人に、社会に幸福を与えるものじゃないかと、もんもんとしていました。

 

――その時、世界のデザインの潮流はどうだったのでしょうか

日本を含め、西側のデザインは商業主義でしたが、東欧のデザインは社会的なものが多かった。ぼろぼろのわら半紙に墨1色で描かれているけれど、とてもメッセージ性がある。そういうポスターにすごく引かれていて1970年代から東欧のポスターコンペに応募していました。それが89年末のベルリンの壁の崩壊によって逆転しました。東欧のポスターが商業化してぼくたちのほうが社会的に。96年に僕がワルシャワ国際ポスタービエンナーレ展で金賞を取ったのは、広告ではなく文化・アート部門でした。

ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ展で金賞を取った「写楽200年」 展のポスター courtesy of Mizutani Kouji

――1995年、阪神淡路大震災が起きたことも一つのきっかけでしたね

商業デザインの依頼を断り始めていたときに震災が起こりました。神戸のために何か仕事をすべきだと直感しました。それで、大きなポスターを3枚つくりました。店頭に飾られるためでも賞を取るためでもなく、社会に還元されるようなデザインをしないといけないと思ったんです。震災後の様子を撮影した写真をコンクリートで傷つけたりやぶいたりして地震の激しさを物語らせました。いくつかの鉄道会社が構内にポスターをはらせてくれました。支援金を集めたり、Tシャツを買ってもらったりして、100万円以上神戸に届けました。このことに、非常に手応えを感じたんです。

――1999年に、子どもたちの笑顔の写真を使ったメリー・プロジェクトを始めました

商業ポスターでは、品質が何より大事でした。ある化粧品メーカーのポスターでは色を出すために85回も校正を出した。職人芸のようになっていました。でも品質よりコミュニケーションが大事なんだと僕は感じるようになっていました。最初は大人の笑顔も撮っていたのですが、アフリカに行ったときに子どもたちの笑顔に出会い、理屈抜きに「美しい」と感じたんです。貧しい村でしたが、カメラを向けた子どもたちの笑顔は神々しいほどに美しく、そこに未来を感じました。これこそが究極のデザインだと。戦争やテロ、環境破壊など世界には不安なことが満ちているけれど、子どもの笑顔には正義感や良心を呼び起こす力があるという思いが強まりました。

スマトラ沖大地震・津波で壊滅したインドネシアで「復興」をテーマにインドネシア赤十字と実施したプロジェクト courtesy of Mizutani Kouji

――東日本大震災の被災地でも活動をされていますね。

大震災が起きた後は5年間、東北に通い詰めました。笑顔のポスターを作って街なかにはったり、仮設住宅でイベントを行ったり。2014年には「ふくしまっ子10万人笑顔プロジェクト」と題して福島県内の小学生たち約10万人に紙皿で笑顔のメダルを作ってもらい、避難所だった体育館に並べ、大きな一つの笑顔の形を作りました。結果的に14年度のグッドデザイン賞やキッズデザイン賞をもらいました。勇気や希望を与える「笑顔」を人は何よりも必要としています。モノの造形だけでなく、人と人とをつなぐことがデザインであり、希望と勇気をもたらし復興の後押しをすることもデザインだと思います。

まだ、デザインを装飾的な意味合いで捉える傾向も残っていますが、911311を経験して、デザイナーたちも積極的に社会の問題を解決するようになってきました。社会も大きく価値観が変わり、デザインの概念も自己中心的なものからみんなで共有するものへ変わってきています。