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巡礼者たちのその後 それぞれの一歩

Re:search 歩く・考える 更新日: 公開日:
巡礼の終着点、大西洋に面したフィステーラの夕日。コロンブスのアメリカ発見まで、ここは「地の果て」と考えられてきた=村山祐介撮影

現代の巡礼者は何を求めて歩くのか。10年前から四国遍路をしている私は昨夏、それを探る「Re:search」の取材で、ひまわりが咲くスペインの巡礼路を520キロ歩いた。そこには、痛む足を引きずりながらも自分と懸命に向き合う巡礼者たちの姿があった。あれから数カ月。日常に戻った彼らは、どんな日々を過ごしているのだろう。

気になっていたのが、「クマ男」だ。スペイン人の元IT技術者アルベルト・アギロ(28)は聖地近くのゴミ捨て場で拾った巨大なクマのぬいぐるみを肩車して、巡礼路を逆向きに歩いていた。「みんなを笑顔にしたい」。炎天下に汗びっしょりで語る姿に私も噴き出した。

バルセロナの自宅まで約1000キロを歩いて戻った彼と昨年11月末、テレビ電話で話した。「相棒ができて、笑顔をつくる計画がどんどん広がっていったんです」

巡礼前、アルベルトは失恋と失業でうつ病になり、5カ月間、引きこもった。相棒になったスペイン人のラファエル・モリナ(39)は薬物依存症に苦しんでいた。治療のために歩き始めた2人は意気投合。巡礼者を笑顔にする計画に夢中になった。道中で笑顔にできた巡礼者の数は1万7000人を超えた。

NGO立ち上げ難民支援

アルベルト・アギロさん提供

この経験を社会に役立てたい。シリア難民に支援物資を届ける計画を立て、巡礼宿でもらったトラのぬいぐるみも加えた2人と2頭で寄付を呼びかけた。ゴール地点のバルセロナにはおもちゃなど車3台分の物資が待っていた。

2人はいま、「巡礼路の笑顔」と名付けたNGOを立ち上げ、難民支援に取り組む。小学校や高校に招かれて講演することも。「人はその気になれば、クマを担いで1000キロ歩くことも、誰かを助けるために何かすることだってできる」

ほかの巡礼者たちもそれぞれ一歩を踏み出していた。書いた小説に自信が持てずにお蔵入りさせてきたルーマニア人女性プレゼン講師(45)は、ブログで新作の公開を始めていた。大学2年の渡辺ゆず(20)は、知人が事故死したショックを乗り越え、四国遍路に挑戦しようと思っている。

巡礼者たちの実像をGLOBE編集部が受け持つ上智大学の授業で語ると、学生からこんな感想文を受け取った。「日々情報の波にのまれて疲労している状況では、自らを見つめ直すのは非常に困難。巡礼はうってつけで、ぜひ行ってみたい」

娘と続ける「巡礼」

巡礼中は夜明け前から夕方まで、ひたすら一日25~35キロの道のりをたどる。一人きりで何時間も歩いたり、国籍も年も社会的立場もさまざまな巡礼者たちの生き方や悩みに触れたりする。いつも何かに追われて慌ただしい現代だからこそ、いにしえから続く巡礼は静かに自分や他者と向き合う貴重な場として多くの人の心をとらえたのだろう。

かくいう私は、巡礼で娘ときちんと向き合っていないことに気づかされた。今も、娘と「巡礼」を続けている。銭湯を巡り台帳にスタンプを集める「銭湯お遍路」だ。湯上がりに私はビール、娘はアイスを片手にいろんな話をする。

でも、この巡礼も終わりが近づいている。娘は先日、7歳の誕生日を迎えた。「もう一緒には入れないんだよ」。そう告げる一歩が、なかなか踏み出せずにいる。

巡礼の終着点、大西洋に面したフィステーラの夕日。コロンブスのアメリカ発見まで、ここは「地の果て」と考えられてきた=村山祐介撮影