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巡礼と観光編⑤ 「巡礼ツーリズム」とも形容される巡礼の新たな姿

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T)聖地に近づくにつれて巡礼路は混雑していった=8月、スペイン北西部ポルトマリン郊外、村山祐介撮影

四国遍路の地元はいま、サンティアゴ巡礼路がたどった道を進もうとしている。

8月上旬、四国4県の知事らが東京・有楽町駅前にそろいのはっぴ姿で集まった。世界遺産登録推進協議会会長で四国経済連合会会長の千葉昭(70)が「遍路文化を受け継ぐため、どうしても世界遺産登録が必要です」と気勢を上げた。

世界遺産登録を訴える四国経済連合会会長の千葉昭と4県知事ら=8月、東京・有楽町駅、村山祐介撮影

一行は文化庁を訪ね、国が世界遺産委員会に出す「国内暫定リスト」入りを求める、4県58市町村の提案書を宮田亮平長官に渡した。手を上げて10年。「何がネックなのか今日こそはっきりしてもらいたい。四国の総意をあまり軽々しく扱うと、責任を持てませんからね」。愛媛選出の衆院議員村上誠一郎(64)がいらだちをぶつける場面もあった。

世界遺産を目指す運動が始まったのは1998年。四国と本州を結ぶ瀬戸大橋や明石海峡大橋などによる観光効果を底上げしようと、地元経済界がまず動いた。2006年に文化庁が国内暫定リストの提案を募ったことで、自治体も腰を上げた。地元の経済界と行政、政界、宗教界、市民団体、大学がスクラムを組む協議会ができ、文化庁にはこの日、20万人を超す署名も持参した。

目指すのはサンティアゴがたどった「成功物語」だ。1993年の世界遺産登録を弾みに2015年には30年前の100倍、26万人超を引き寄せた。維持管理を担う州政府公営企業シャコベオ代表、ラファエル・サンチェス(55)は「素晴らしい道という品質証明になり、大きなブランド力がついた」と語る。
だが、遍路にとってのハードルは高い。

まずは国内暫定リスト入りが不可欠だが、見通しは立っていない。1400キロに及ぶ遍路道や88の札所を誰がどう保護するのかなど、難題が山積みだ。

委員会の審査対象になっても、「顕著な普遍的価値」を証明するのは簡単ではない。廃仏毀釈や空襲の被害で再建された建造物も多く、4県はハード面ではなく、お接待文化を含めた「生きた文化資産」としてソフト面を強調するシナリオを描くが、納得してもらえるかは未知数だ。さらに委員会は今月、年間の審査上限を2割減らし、推薦枠も1国1件に限ることを決定。一段と狭き門になった。
サンティアゴもバラ色なわけではない。

聖地までの距離を示すプレートの多くが盗まれていた=8月、スペイン北西部ペドロウソ、村山祐介撮影

聖地に近づくにつれて表示板の盗難や落書きで雰囲気はすさみ、団体客で混雑する道や巡礼宿からは、思索にふける静かな環境は失われつつある。草の根で支えてきた支援者からは「世界遺産の称号は返上すべきだ」との声すら上がるが、対策をめぐって政界や大聖堂、行政の立場や利害は交錯し、地元はきしんでいる。

聖地に近づくにつれて巡礼路は混雑していった=8月、スペイン北西部ポルトマリン郊外、村山祐介撮影

遍路を支える人たちの心配もそこにある。交流拠点「前山おへんろ交流サロン」(香川県さぬき市)の主任、秋友京子(67)は「静かにしておいて欲しい気持ちもある。田舎だからたくさんの人には対応できないし、がやがやし過ぎて遍路道が傷んでも困ります」と話す。

約20年前に世界遺産を目指す運動の先鞭(せんべん)を付けた58番札所、仙遊寺(愛媛県今治市)の小山田憲正住職(66)は、「世界遺産になることが目的ではない」と言う。「地元の人がお接待したり、草刈りしたりしながら四国遍路を守っている気持ちを、世界に発信する仕掛けになればそれでいいんです」