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ピンチ! 即興のスピーチを乗り切るには

Re:search 歩く・考える 更新日: 公開日:
2007年、米フロリダ州のポインターインスティテュートでの研修の様子

即興のスピーチには、苦い思い出がある。
米フロリダ州にある世界的に著名な記者研修機関「ポインター・インスティテュート」で、2007年、米国人記者らと研修に参加した時のことだ。私は当時、「現場で慣れて覚えろ」が常だった日本の記者に、体系だった研修をしようと社内で発足した「ジャーナリスト学校」に所属していた。この学校での講義の参考にするため、ポインターの研修に参加したのだ。

研修日程を終えてほっとした最終日、米国人の女性講師が「ではみなさん、短くスピーチを」と呼びかけた。
受講者がランダムに指名され、1人目が立つと伏せた紙を渡された。裏返すと他の受講者の名が。「この人について語りながら、研修を振り返ってください」と講師。えっ、その手法だと何を話すか考える時間がまったくないではないか!
次々に立つ米国人記者は、慣れた様子で笑いすらとっている。英語が母語ではない南アフリカの男性記者も、それを逆手にとった自虐ネタでわかせている。慌てていると、「ではえりか、プリーズ」。受け取った紙には米CNNの女性記者の名があった。何かと話しかけてくれた快活な女性なので、せっかくなら、いい言葉を送りたい。でも大きな拍手を受け、ますます頭の中がまとまらない。
結局、ともにダーツを楽しんだ「放課後」の話から始めたが、どう着地していいかわからなくなってきた。最後は彼女にお礼を言ってハグしたが、スピーチとしてはごまかした気分だ。

こうした即興は、「情報を伝える」「物語を語る」「説得」などと並んで、スピーチコンテストの種目になっている。私が通う東京・吉祥寺のスピーチアカデミーで教える米国人リチャード・ハン(59)によると、中でも「即興」は、歴戦のコンテスト参加者の間でも「最も不人気な種目」だそうだ。

リチャード・ハン(中央)とスピーチ教室の生徒たち。右から2人目が筆者

ハワイ大学でスピーチコミュニケーションを専攻、全米大学スピーチ大会でも優勝経験がある彼は、大学3年生の時、コンテストで即興に挑んだ。
会場を埋め尽くした聴衆を前に渡された紙には、「スタンスフィールド・ターナー」とあった。準備時間はわずか1分。当時の米中央情報局(CIA)長官の名だったが、「まったく、ノーアイデアだった」とリチャードは振り返る。
だが、内心の動揺などみじんも見せず、自信満々に演壇へ。「みなさん、紙に何が書いてあったと思いますか? この名前、知っていますか? あ、3人いらっしゃる。つまり、ほとんど知らないですね。ご安心を。みんなで突き止めていきましょう! 名前からして、50歳以上でしょうか……」。聴衆に質問しながらコミカルに話し、会場は笑いに包まれたという。
「テーマに詳しくなければ、違う角度からアプローチしてみるといいんだ。しかも、冷静沈着にね」。リチャードは、タテヨコ斜めといろいろな角度から発想する、いわゆる「水平思考」が大切だと強調した。
かつ、できれば自分の得意分野にひきつけるといいという。その場合でも、聴き手に「自分にも関係がある」と思わせる内容を加えたり、聴き手を巻き込む展開にしたりするのがポイント。リチャードの場合は、双方向型にすることで場をまとめた。
リチャードは、「即興は、話をどう終えればいいかわからずに臨みがち。すると冗長になって聴き手を退屈させてしまう。どう着地するかをまず考えた方がいい」とも。まさにポインターで私が陥った失敗で得た教訓だ。いろんな名言やことわざなどを知識として蓄え、自分の話に引きつけて少し言い換えて、シメの言葉に使うのも手だという。なるほど、教養も大事になりそうだ。
そんな風に教わっている私だが、言うはやすし、行うは難し。いまもクラスではあたふたし通しだ。全10回の即興のクラスを終える頃には、少しでもよくなっているといいのだが。(文中敬称略)