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大学ってなんだ?

名門大学のMOOCが教材/米公立大で「活用実験」

米マサチューセッツベイ・コミュニティーカレッジ




ムークを使って授業をしたマスベイ教授のハロルド・リグス(写真右)。この日も学生の質問を受けていた/photo:Kanari Ryuichi

米ボストン市から電車で1時間ほどの郊外にあるマサチューセッツベイ・コミュニティーカレッジ。略称マスベイ。この米国市民なら原則どんな成績でも入学できる2年制の公立大で昨春、一つの「実験」がおこなわれた。


教室で10人ほどの学生がそれぞれのパソコンに向かっていた。1人の学生が手を挙げると、担当教授が横に座って一対一で教え始める。その間もあっちこっちで手が挙がる。教授は授業中、慌ただしく室内を歩き回った。


パソコン画面に映し出されているのは、名門マサチューセッツ工科大(MIT)の教授が教えるムークだ。このマスベイの授業では、MITがネット配信するムーク講座『コンピューター科学入門』を活用する「実験」に取り組んだのだ。


マスベイの学生たちは普段、自宅からMIT教授の講義を動画で視聴して宿題にも取り組み、わからない点があると、マスベイの教室にやってきてマスベイ教授のハロルド・リグス(59)に教えてもらった。


「ムーク」と、従来型の「対面授業」。二つの長所を組み合わせるため、この手法をマスベイの学生や教員は「ハイブリッド」と呼んでいた。どうすれば著名大学のムークをコミュニティーカレッジの授業で教材として活用できるか――という試みで、オンライン教育の研究に熱心な「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」が資金を出したという。


ムークは一般公開が始まった2012年以降、高等教育を受けられなかった人々や社会人など、既存の大学の「外」で熱狂的に歓迎された。それを今、大学の「中」でも活用する試みが始まっているのだ。ムークは「21世紀型の教科書」になる、という視点が根底にある。



「21世紀型の教科書」


「実験は大成功。9割の受講生がMITの講座を修了できたのだから」。マスベイのジョン・オドネル学長は総括する。受講した学生20人のうち、18人が講座を修了したという。その18人は、MIT教授が出したムークの修了証と、マスベイの3単位を獲得した。


学生の一人、ジョン・レモンディ(25)が言う。「あのMITと聞いて最初はびびった。どうせ途中で分からなくなるだろうってね。でもやってみると、そうでもなかったよ」。高校中退後、2008年のリーマンショック後に職を失った。「学位を持っている連中にはかなわない」と思い、マスベイに入学し、システムエンジニアを目指す。自宅で動画をわかるまで何度も巻き戻した。第5週の講義の最中にも、第2週で習った内容が出てくる。そんなときは、もう一度、第2週の講義ビデオを聞き直す。知らない言葉が出てくれば、ネットで検索した。「普通の授業なら、途中でそんなことしていると授業に取り残されてしまうだろ。でもビデオなら、いつでも自分のペースで一時停止したり、戻ったりできるので効果的だった」


MITのムークでAの最高評価を獲得した学生リチャード・へイス。MIT教授の修了証を履歴書にも貼るつもりだ/photo:Kanari Ryuichi

高得点をたたき出す学生も現れた。リチャード・へイス(25)は中間試験88点、期末試験92点で、成績は最高評価のA。2年前まで家電量販店で働いていたが、一向に賃金の上がらない生活に不安になり、マスベイに入学した。「中間試験で88点というスコアを見たときはね、『オレ、やるじゃん』って思ったよ。MITの学生と同レベルの講座をマスターできたんだからね」。成功の理由は、オンラインと対面授業を組み合わせたことだったという。自宅で週12時間ほど勉強し、教室には週2で通った。「僕にはベストミックスだった」


この授業を担当したリグス教授によると、MITの授業は確かにハイレベルだったが、コミュニティーカレッジに通う、まだ準備が不十分な学生には扱いづらい部分があったという。そんな時は、リグス教授がマスベイの学生向けに補助教材を作成した。


MITのムークを使ったハイブリッド授業を今後も続けるのかと尋ねると、リグス教授は少し考えてから言った。「MITの教授は、とてもよくできる学生に向けて講義している。何かが抜け落ちていても、MITの学生なら自分でそれを補えるから問題にならない。しかし、マスベイでは、私が補助しないと学生は落第してしまう。だから次は、私のムークを作って、より効果的な授業をしたい」。既に構想を練り始めているという。


大学の授業でムークを「教材」として活用する実験は他のコミュニティーカレッジや州立大学でも始まっている。州財政の悪化や、借金をして学費を工面する学生の増大など、少しでも教育コストを下げたいという思いは米国社会に広く共有されている。まだ模索段階とはいえ、ムークはいずれ「21世紀型の教科書」として広がる可能性がある。


(金成隆一)

(文中敬称略)



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