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地下シェルターとショッピングモール これがロシアの隣で生きる道

World Now 更新日: 公開日:
ヘルシンキ中心部の地下シェルターの一部。黄色いテープはトイレを設置する区画=フィンランド・ヘルシンキ市内 photo:Asakura Takuya

子どもたちが歓声を上げながらトランポリンの上で弾み、滑り台から下りてくる。フィンランドの首都ヘルシンキ。天然の岩肌に囲われた地下の洞窟の中に、遊園施設はある。ただ、冒険気分を味わってもらうためではない。

 強固な岩盤を掘ったトンネルや空洞は市内の地下にアリの巣のように広がっている。スポーツ施設や駐車場などに使っているが、ソ連と戦った第2次大戦から冷戦時代、そして現在も着々と広げている地下シェルターなのだ。市内にあるすべてのシェルターを合わせると85万人分になり、戦争など非常時には、市内にいるほぼ全ての人を収容できる。

ヘルシンキ中心部の地下シェルターの一部 Photo: Asakura Takuya

 1300キロ以上にわたりロシアと陸地で接するフィンランド。かつてはロシア帝国に占領され、第2次大戦では領土の一部を奪われた。国連の調査で「世界一幸福な国」に輝いた人口約550万の小さな国は、巨大な隣人とどのようにつきあってきたのか。首都から離れ、国境を接する南部の街を訪れた。

「当時、ソ連の悪口は、政治家だけでなく一般の国民であっても言えない雰囲気でした」。イマトラ市中心部でホテルを経営するヤルモ・イキヤヘイモネン(60)は、冷戦時をふり返る。

 資本主義体制を維持しながら、北大西洋条約機構(NATO)には参加せず、隣の大国を刺激しないよう配慮してきた。「大国におもねる小国の振るまい」という否定的な意味で「フィンランド化」という言葉も使われた。

 イキヤヘイモネンの家族の人生は、隣の大国とは切り離せない。父は第2次大戦でソ連軍と戦い、母方の家族は故郷をソ連軍に追われた。自身も1970年代半ばに兵役に就き、ソ連国境の部隊に配属された。「首相はソ連を『友だち』と呼んでいたが、私たち一般の国民は内心、そうは思っていなかった」

 だが、彼にとってロシア人はいま、「友人であり大事な客」だ。人口3万に満たない小さな市なのに、経営するホテル近くには若者に人気のファッションブランドが入るショッピングモールがあり、国境近くの幹線道路沿いには数年前に相次いで開店した大型スーパーが3軒並ぶ。目当ては車で国境を超えて買い物に来るロシア人だ。プーチンが大統領に就任し、ロシアの経済が安定してきた十数年前から急増した。

フィンランド・イマトラ市にあるロシアとの国境 photo:Asakura Takuya

2014年、ロシアのクリミア併合に対する経済制裁や、通貨ルーブルの暴落で客は激減。今はやや持ち直したが、ピーク時には及ばない。「失って気づいたんだ。どれだけロシア人が大切だったか。いまはロシア語が聞こえるとうれしい」とイキヤヘイモネンは笑う。「つきあえばロシア人も良い人たちだと分かる。それに、いまは昔と違って、彼らに『それは間違っている』と言える」

ソ連への輸出が総額の25%にも上った1980年代と違い、フィンランド経済はもはやロシアに依存していない。ソ連崩壊とその後の混乱で、フィンランド経済が破綻(はたん)した教訓からだ。外交面でも、クリミア併合では欧州連合(EU)の一員として対ロシア制裁を支持し、英国での元スパイ殺害未遂事件を受けたロシア外交官の追放でも足並みをそろえた。

 「隣国がどこへ向かっているのか心配する国民は多い。でも、私たちはロシアに説教をするつもりはない」。フィンランド政府高官は言う。期待するのは、ロシア人観光客たちの中に芽生えるであろう疑問だ。「ロシアの人々は私たちの国を訪れ、考えるだろう。『天気も同じ、森の風景も同じなのに、なぜこうも違うのか』と。だから、私たちはこの国にたくさんのロシア人が来るのを歓迎しているのです」

 「次は我が国か」危機感募るリトアニア

「人質になったら命乞いするな。謝るな。泣くな。敵に背中を向けるな」――。「バルト三国」のリトアニアは、2014年のロシアによるクリミア併合以降、「戦時を生き抜く準備」と題したサバイバル・マニュアルをつくり、国民に配布している。

リトアニアのサバイバルマニュアルの一部

かつては旧ソ連に併合され、国境を接する飛び地にはロシア海軍が基地を構える小国。「次は我が国か」との警戒感は高まっており、徴兵制も復活させた。

マニュアルはカラー刷りで、イラストもふんだんにあしらわれている。「敵の暴力的な行動は撮影して、インターネットでBBCやCNNに送れ」などと攻撃を受けた場合の対応も、具体的かつ詳細に指南している。