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Memo04

どっこい生きてるエスペラント





19世紀に世界の共通言語として考案されたエスペラントは、柳田国男や新渡戸稲造、宮沢賢治らが学んだ。1960~80年代には多くの大学にエスペラント学習のサークルがあったが、最近さっぱり見かけない。どこに消えたのか。


「現在では想像しにくいかもしれませんが、冷戦時代には東西を結ぶ唯一の中立的な共通語がエスペラントだと考えられたのです」。日本の代表的な話者の一人、上智大学教授(社会言語学)の木村護郎クリストフ(40)はこう説明する。


エスペラントの魅力は、この言語を学んだ人のネットワークが世界中に広がっていること。旅行に出たら名簿を基に連絡を取り、自宅に泊めてもらったり、街を案内してもらったり。エスペラントで意思疎通は自由にできる。木村は昨年度、1年間ドイツで在外研究に携わり、その間10回ほど欧州各地に出張したが、エスペラント仲間に泊めてもらい、ホテルを使わなかった。逆に、世界中からの仲間を自宅に泊めることも多い。


家族の間でエスペラントを話す家庭も、日本にこれまで数十軒ほどあったという。ほとんどは、エスペラントのネットワークで知り合って国際結婚したケース。そのような家庭の子どもは、エスペラントと日本語のバイリンガルに育つこともある。


現在も10程度の大学でサークルや学習会が存続しているという。現代はネットで学ぶ人も多く、意外と衰退していないのでは、と木村は考えている。


(国末憲人)

(文中敬称略)



エスペラント

1887年にユダヤ系ポーランド人医師ザメンホフが考案した人工言語。欧州諸語の語彙(ごい)を取り入れつつ、簡易な文法を構築し、民族の違いを超えて橋渡しとなる言語を目指した。話す人は世界に100万人ほど、国内に1万人ほどといわれる。








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