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葬送 - 世界のお墓で考える

[Part1]多民族国家マレーシアの葬儀は簡素あり、豪華あり

先祖の墓をどうすればいいか。自分はどう送ってもらうか。誰もがいつかは直面する葬送。少子高齢化が進むなか、不安が募る問題だ。昨夏父を看取った記者が、さまざまな宗教の弔いのありようを、多民族国家・マレーシアで取材した。



マレーシアの華人の葬儀に供えられた色鮮やかな副葬品。死後も豊かな生活をと願う photo : Takahashi Misako

最初に訪ねたマレーシアは多民族国家。世界の墓地の縮図がある。


首都クアラルンプールの「ジャランアンパン墓地」は世界有数の超高層ビル、ペトロナスツインタワーの足元、大都会の中心部にあるイスラム教徒(ムスリム)の墓園だ。日中の気温が40度に近づくなか、指示に従って髪やうなじを隠す布「ヒジャブ」をかぶり、見学した。


ここに眠る人々はいずれも近隣住民たちで、土葬されている。ムスリムは神の審判が下る日の復活を信じ、火葬は固く禁じられる。死後はできるだけ早く埋めなければならない。区画は亡くなった順に割り振られ、夫婦が隣同士を希望しても通らない。石で長方形に囲み、名前と誕生・死去の年月日が刻まれている。偶像崇拝を認めないので墓石はなく、どこが通路かはっきりしない。ただ、「死後の平等」が感じとれた。


新書「〈ひとり死〉時代のお葬式とお墓」の著者で国内外の葬送事情に詳しい第一生命経済研究所の小谷みどり(49)は最近、大学時代から20年以上も身内同然に付き合っているマレー人一家の、弟分だった40代の男性を脳梗塞で失い、その葬儀に参列した。「遺体は布にくるまれ、顔をメッカに向けて埋められた。私には早すぎる死だったが、遺族は悲嘆一色でなく、彼が苦しみから解放されて神のもとに召されたことを喜んでもいた。信仰の深さと文化の違いを感じた」と振り返る。

番号が割り振られたクアラルンプールのイスラム墓地。猫が自由に行き来する photo : Takahashi Misako

簡素なイスラム墓地と対照的なのが、中国系(華人)の葬祭儀礼の華やかさだ。クアラルンプールから南へ約60キロ、ネグリセンビランの「孝恩園」は1991年にオープンした。華人向け民間霊園として初めて政府に認められた施設だという。約124ヘクタールの敷地は英国で建築を学んだデザイナーが構想を手がけ、日本風の庭園もある。ビジネスで成功した男性が眠る2000平方メートルほどの区画が約3億円と聞いてため息が出た。


クアラルンプール西方の霊園「仙境古城」はプールやテニスコートを併設する。清明節には故人の一族におそろいのTシャツを贈り、オンライン上で葬儀や生前の様子を公開。いずれも無料のサービスで、若い世代に墓参りを働きかけている。


こうした華人の死生観を支えているのは儒教の思想だ。「親孝行」もその一つ。ペナンや中国の大学で教壇に立つ王琛發(54)が言う。


「先祖の教えは子孫の中に脈々と受け継がれていて、そのことに対して子孫は感謝の気持ちを示さねばならない。その究極の形が葬祭だ。亡くなった先祖は家の守り神。魂が野山をさまよわないように、私たちはしっかり弔い、ちゃんと家に戻ってもらわなければならない」


キリスト教やヒンドゥー教の墓地も訪ね、道教の葬儀にも参列して、様々な宗教の弔い方に接した。大昔から「身内の死」が、それぞれのルールの下で大事に扱われていた。復活を信じて土葬に価値を置く文化や、墓や葬儀を豪勢にする習慣には、一族を挙げて死者を送る、「弔いの原点」が息づいていると感じた。


(高橋美佐子)


(文中敬称略)


「韓国、葬儀で今起きていること」に続く) ※5月8日公開予定です。

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