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豊かさのニューノーマル

[Part1]ドラえもんの超ブラック回「どくさいスイッチ」の教えとは

ドイツ西部コブレンツで2017年1月、欧州の右翼ポピュリズム政党が党首会議を開催。活動家たちが「独裁者」の立て看板を掲げて抗議した=ロイター

小学生の頃、表紙がすり切れるほど読んだマンガ本といえば、「ドラえもん」だった。その数ある名作の中でも忘れられないのが「どくさいスイッチ」。ドラえもんのひみつ道具で独裁者となったのび太が、やりたい放題の末に衝撃の結末を迎える。あれから40年。大人になってからも、「あのスイッチがあれば押したのに」と思うことがたびたびあった。そして今、現実の世界は笑えない状況になっている。独裁者はいなくなるどころか、着々と増えているのだ。(GLOBE記者 玉川透)


「超ブラック回」「三大恐ろしい道具の一つ」


「どくさいスイッチ」は、ドラえもんの連載が始まってから約7年後の1977年、小学館の学年誌「小学四年生」6月号に掲載された。その後、単行本の「てんとう虫コミックス」第15巻に収録されている。

ドラえもんやのび太がいる高岡おとぎの森公園で遊ぶ子供たち=2011年8月、富山県高岡市、郭允撮影

筋書きは、ざっとこうだ。未来の独裁者が邪魔者を葬りさるために作らせたひみつ道具「どくさいスイッチ」を使い、のび太が自分に嫌がらせをするジャイアンをこの世から消し去ってしまう。ところが、ジャイアンがいなくなった世界では、スネ夫が嫌がらせをするようになっていた。そこで、スネ夫を消すと、こんどは別の友達が嫌がらせをする。追い詰められたのび太が、ついに世界の全ての人間を消し去ると、どくさいスイッチの真の効用が明らかになり、どんでん返しが待っている。


ネットで検索してみると、国民的マンガといわれるドラえもん作品の中でも「超ブラック回」「三大恐ろしい道具の一つ」など、今もファンの間で議論を呼んでいる。


作品に込めた思いを、作者の藤子・F・不二雄にぜひ聞いてみたいところだが、すでに亡くなっていてかなわない。そこで、「ドラえもん学」を提唱し、「人生で必要なことは、すべて『ドラえもん』が教えてくれた。」(文庫ぎんが堂刊)などの著書がある富山大学名誉教授の横山泰行(75)に尋ねた。

富山大名誉教授の横山泰行

「作品では明らかにナチスの軍服に似た服装の独裁者が描かれている。モチーフはヒトラーだろう」


ドラえもん作品では、独裁的な振る舞いをする人物は他にも登場するが、横山によれば、定番の設定は富の独占者がスネ夫で、力による独裁者がジャイアン。「どくさいスイッチ」では、彼らが消されても、後から後から独裁的な振る舞いをする友だちが現れて、「独裁者」になったはずののび太を苦しめる。


横山は言う。「ドラえもんの作品は、時代や空間に関係なく、身の回りにいる、力でねじ伏せようとする者すべてに対して、独裁者のイメージを持って描こうとしたのではないか」


その言葉を聞いて、ふと思った。独裁者が邪魔者をこの世から消し去ることができる道具である「どくさいスイッチ」には、押すたびに新たな独裁者も次々に生み出してしまう、そんな意味も込められているのではないのか、と。


世界の政治体制、4割が「独裁」


今、世界中で「強力な指導者」が続々と現れ、存在感を増している。その身に権力を集中させ、欧米や日本の価値観からは「強権的」「独裁的」と批判もされるが、国民の人気は驚くほど高い。そして、彼らの多くは、まがりなりにも民主的な手続きで選ばれている。

「独裁政治」の4種類と経年推移(1964~2010年)

興味深い調査結果がある。2014年に米国の研究チームが米政治学誌に掲載した論文だ(原文はこちら)。人口100万以上の149カ国の政治体制を調べたところ、2010年時点で約39%にあたる59カ国が「独裁政治」と分類された。


この場合の「独裁」の定義は、形式上は民主的な手続きで選ばれてはいても、政策や人事などを決める裁量が一個人などに集中し、野党や反対勢力との競争が成立しないことなどを基準にした。ロシアのプーチン大統領やトルコのエルドアン大統領、ベネズエラの大統領だった故チャベスなど強い権限を持つ指導者もその中に入るという。

米ミシガン州立大助教のエリカ・フランツ

おもしろいのは、独裁のタイプとその経年変化だ(上のグラフ参照)。調査では、独裁政治を、政党独裁、軍事独裁、個人独裁、君主政治の四つに分類した。第2次世界大戦後からのデータを見ると、政党独裁が最も多く、1980年の51カ国まで増加傾向にあったが、1981年以降はその後の東西冷戦終結の影響もあって減少。2010年時点では25カ国で、ピーク時の半分以下まで減った。軍事独裁も1994年には2ケタを割り込み、2010年時点では2カ国。そんな中で増えているのが、個人独裁だ。2010年時点では、政党独裁と同数の25カ国だった。


研究を主導した米ミシガン州立大学助教のエリカ・フランツは、こう分析する。「この流れは大きな危険をはらんでいる。世界が不安定化する中で、強力な権力者の方が極度の混乱などに対応できると考える人が増えれば、民主主義の根本的な価値が揺らぎかねない」


「不安」「貧困」が強い指導者を求める?


人はどんな時に、強い指導者を求めるのか。


「経済的な不安定さや、心理的に強い不安を抱えている人ほど、他人の言うことに耳を傾けない強権的な政治家を支持しがちになる」――。英国の研究チームが今年、世界14万人以上へのアンケートから分析した論文を米科学誌に発表して、話題になった。(論文はこちら)


きっかけは、2016年の米大統領選を前に行われた米国人750人への調査だ。トランプをクリントンより「強権的」と見る人が多かったのに、貧困率や失業率が高い地域に住んでいる人ほど、トランプに投票すると答えた。

英ロンドン・ビジネススクール准教授のニロ・シバナサン

研究チームは、米国以外でも同じような傾向があるか確かめるため、69カ国の計約14万人を調べた。すると、失業率が高い地域の人ほど、「議会や選挙を気にしなくてもいい強権的な指導者」を好んだ。また、「人生を自分でどれだけコントロールできているか」を自己評価した点数が低い人ほど、強権的な指導者を求めた。


研究にあたった英ロンドン・ビジネススクール准教授のニロ・シバナサン(39)は取材に対し、「コントロール不能に陥るような極度の不安を感じると、人は強権的な指導者を権力の座につけたい欲求を持つ。不安から逃れたい心理的欲求であり、高い教育の有無は関係ない」と指摘する。


また、同スクールの共同研究者ヘマン・カッカル(32)によれば、「不安」にも種類がある。例えば、経済不況やテロなど、ある程度の準備や警戒をしていれば回避できたかもしれない事態に直面すると、人々は強い喪失感を抱く。そういう時の「不安」はとくに、強権的な指導者を求める気持ちにさせるという。一方、地震など予測不能な自然災害などの場合は、強権的な指導者を求める傾向になりにくい、とカッカルは分析する。

英ロンドン・ビジネススクール研究員のへマン・カッカル

そして、こうつけ加えた。「強権的な指導者は、いったん人々の信認を得れば、さらに大きな不安を作り出そうと腐心する。さらに強力なリーダーを求める人々の心に火をつけるからだ。まさに、負のスパイラルなのです」


独裁者を生み出す「スイッチ」は、我々一人ひとりが持っている。フェイスブックの「いいね」ボタンのように、衝動的に押してしまう瞬間も出てくるということか。


ドラえもんの「どくさいスイッチ」では、世界のすべての人間を消し去ってしまって孤独にさいなまれるのび太に、消されたはずのドラえもんがこうささやく。「気に入らないからってつぎつぎに消していけば、きりのないことになるんだよ。わかった?」




GLOBE「豊かさのニューノーマル」班が探る「新常識」は、経済や暮らしだけではありません。「最善」と信じてきた民主主義への幻滅が今、世界中に広がっています。既存の政治はもはや自分の意思をくみとってくれない。そんな失望への反動から、過激な主張に政治を託す動きも相次いでいます。その奥底には何があるのか。サルやミツバチ、ブラジルの「トランプ」やロナウジーニョを通して迫ります。


■「独裁のスイッチ」編、「サル山に『ボス』はいなかった」へと続きます。



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