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未来をあきらめない

[Part3]その服、誰が作ったの?/ムンバイ・インド/ダッカ・バングラデシュ



「クリエーティブ・ハンドクラフト」の作業場。女性20~25人でグループをつくり、仕事時間や給与配分を相談する
photo:Mori Mayumi

アルバイトの時給で買えるTシャツ。学生時代、なぜこんなに安いんだろうと思っていた。綿をつむぎ、裁ち、縫う。多くの工程に多くの人が関わっているはずなのに。バングラデシュの縫製工場で惨事が起きて、忘れていた疑問が甦った。



成長と貧困が同居するインドの商都ムンバイ。世界最大級と言われるこの街のスラムで生まれ、成功を収めたアパレル工場がある。スラムの女性が自立できるように正当な賃金を払いながら、すぐれたデザイン性で販路を海外にも広げて売り上げを伸ばしてきた「クリエーティブ・ハンディクラフト」だ。それがいま、これ以上の事業拡大に歯止めをかけようとしている。


もともとは女性を支援するためにスペイン人修道女が1980年代に起こした自助組織だった。手縫いの人形を街角や教会で売って細々と収入を得ていた。代表を引き継いだジョニー・ジョセフ(51)が2002年、「商売になるものを作らなければ持続可能な支援はできない」と方針を変え、アパレル業に乗り出した。


デザイナーを雇い、スラム内の空き部屋にミシンを置いてアリが巣を広げていくように作業所を増やしていった。製品の質の高さから、活動に理解のある業者を中心に海外メーカーからも注文が入り始め、日本にもフェアトレードブランド「ピープルツリー」などを通じて出荷している。02年に年間550万円程度だった売上総額はいま、1億7千万円に達し、エシカル・ファッションの代表的な存在となった。



まともな雇用守る不利


12の作業所と工場で300人あまりの女性が働く。平均月給の1万ルピー(約1万7千円)は、インドの公立学校教師の初任給を上回る水準だ。託児所や子供が学校に通う費用は総収入の1割にあたる海外からの寄付でまかない、原料費と施設管理費をのぞく売り上げはほぼすべて給与に回している。「息子は学校に通い、エンジニアになった。私や夫よりいい人生を与えることができた」。自助組織時代に参加してまもなく勤続25年になるビオラ・ジョーズ(46)はクッションカバーをたたむ手を止めずに言った。


だが、この数年は事業の拡大に歯止めをかけ、毎年100人ほどの求職者を断っている。賃金を維持して社員を増やすには、社の方針に合わない大口注文も受ける必要がある。そうすれば、厳しい価格競争にさらされ、寄付があっても給与水準は半分ほどに落ちこむ見通しになるのだという。


ジョセフは複雑な心境を打ち明けた。「多くの人を雇いたい気持ちと、搾取の構造にのみ込まれる懸念との間で揺れています。我々には信じられない安さで仕事を請ける工場はいくらでもあるのです。まともな形で人を雇うことが市場でどれだけ不利になるか痛感しています。冷酷な企業がうらやましくなることさえありますよ」



50セントで変わる暮らし


低価格の受注を可能にするのは、低賃金と劣悪な労働環境だ。世界のファストファッションを支える、途上国の工場の実態が広く知られる契機となったのは、4年前にバングラデシュで起きた大事故だ。


首都ダッカ近郊にある、五つの縫製工場が入居する8階建てのビル「ラナ・プラザ」が崩壊したのは?年4月のことだ。製品の盗難防止のためとして出入り口が外から施錠されていたことなども被害を広げ、1138人もが死亡した。


この事故の一報を聞いてすぐに現場に駆けつけ、がれきの中から製品についたブランドラベルをかき集めた人物がいた。自身も?歳から縫製工場で働いてきた労働組合「労働者連帯センター」代表のカルポナ・アクター(41)だ。29の海外有名ブランドのラベルを公表し、世界に衝撃を与えた。「地元の工場だけに事故の責任を押しつけて外国の企業がこっそり逃げることが許せなかった」


国際世論の風向きが変わり、「ZARA」をはじめ多くのアパレル企業と組合が、工場の安全性確保を約束する協定「バングラデシュ・アコード」を結んだ。長年進まなかった取り組みが、1100人余の犠牲のうえに1カ月間で実現した。現在、加盟社は約200。そのもとで働く労働者は計250万人におよぶ。日本からは唯一、ユニクロを運営するファーストリテイリングが参加している。



洋服を買う時に気にしてほしいこと

コスト増を渋る工場経営者の反発もあったが、縫製品製造業・輸出業協会(BGMEA)会長のシディク・ラーマンは「何もしなければバングラデシュ製品のボイコットは続いただろう。アコードが業界を救い、雇用を守った」と認める。バングラデシュは輸出額の8割を縫製品が占め、400万以上の雇用を生んでいる。8割以上が女性だ。


だが、工場労働者の月給は6500タカ(約9千円)ほど。家賃に半分が消え、肉や魚はなかなか買えない。にもかかわらず、ほとんどの工場では賃金交渉も認められていない。昨年、昇給を求めてデモをした約30人が逮捕された。別の労組の試算では、ジーンズ1着につき工場労働者が得るのはわずか10セント(約11円)。もし消費者が50セント(約57円)多く払えば、工場労働者の給与を5倍にすることもできる。


ラナ・プラザの事故を生き延びた女性たちの多くは今も後遺症を抱える。1年半前からけがや精神的なショックから働けなくなってしまったラキ(25)は言う。「洋服を買う時には工場経営者や企業ではなく私たちの側に立ってほしい。あなたの着る洋服を作る私たちが、生きていける状態にあるかどうか、気にしてほしいんです」


(守真弓)

(文中敬称略)

「食品、棄てたら罰金49万円/フランス」に続く)





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