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記録の力

[Part2]「私は誰か」記録に探す




米NARAでは、「自分」を探しにくる人に何人も出会った。つまり、先祖の記録を調べにくる人たちだ。


初老の夫婦は旧チェコスロバキアから移民として米国に来た祖父母の記録を探していた。別の夫婦は、先祖と南北戦争との関連を調べていた。アフリカ系アメリカ人で弁護士のマイケル・ブレイシー(68)は「先祖がセネガルから奴隷として連れてこられたと伝え聞いているが、まだ記録は見つかっていない。先祖の村がわかったら、いつか訪ねたい」と言った。


見つかるかどうかは別にして、探すこと自体は誰にも可能だ。NARAのウェブサイトで関連しそうな文書を検索し、ヒットすればそれをダウンロードできる。電子化されていない場合はNARAに足を運ぶ必要があるが、複写代以外にお金はかからない。多数いるアーキビストも相談に乗ってくれるので記録探しはむしろはかどるかもしれない。


「自分が何者かがわからなければ、自分がいまどこにいて、これからどこに向かうのかもわからない。GPSみたいなものさ」とブレイシーは話した。米国が移民国家であることに改めて思いを致した。先祖探しは、作家アレックス・ヘイリーの自伝的小説『ルーツ』がドラマ化されて放映された1977年ごろから全米でブームとなり、今に続く。ヘイリーもNARAに通ったと言われている。



自分は誰なのか、というアイデンティティーを必要としている人たちはほかにもいる。難民だ。ヨーロッパ取材で立ち寄ったスイス・ジュネーブの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、1920年代からの膨大な難民記録のデータベース化を進めている。

96年、当時の高等弁務官、緒方貞子(89)の指示で始まったプロジェクトだ。難民の記録は、難民を生んだ紛争の記録でもあり、詳しく残すことで後世に人類の紛争の検証を可能にする──そう緒方は考えた。保管庫を案内してくれたアーキビストのヘザー・フォークナー(36)は「同時に、これらは人間の『生』の記録です」と言った。原則として紛争の記録は20年後に公開されるが、個人の記録は、生存中は基本的に本人しか見ることができない。その内容は、年齢、出身地、職業、危険にさらされた状況、逃避の道のり……と詳細を極める。


祖国を離れ、時間とともに帰属意識も薄れていく難民にとって、記録はかけがえのないものだという。フォークナーは、戦火を逃れて米国に渡ったベトナム難民の男性が、後にボートでの自らの決死の逃避行の記録があることを知り「私の二つ目のパスポートだ」と興奮していたことが印象に残っていると言った。


(文中敬称略)

(高橋友佳理)

「記録軽視?の国に必要なこと」に続く)





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