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アトピーと生きる

[Part2]経済発展、増えるアトピー患者

マニラの交通渋滞
photo:Ishihara Takashi

フィリピンを選んだのは、13年前に留学していたころ、周りでアトピー患者を見たことがなかったからだ。何人かにアトピーの知り合いがいるか聞いても、「タカシのほかには知らない」との答えが返ってきたぐらいだ。


当時は通っていた大学の寮に住んでいた。部屋では毎日のようにゴキブリやアリとご対面。外に出れば、排ガスで鼻の穴が真っ黒になった。


それでも肌の調子は人生で一番と言っていいほど良かった。日本から持参した塗り薬はタンスの奥にしまい込んだ。「このまま治るのかな」とさえ思った。


フィリピンも大矢が言う新興国だが、私の記憶に照らすとアトピー患者がいるなんて信じられなかった。


首都マニラの空港に着くと、タクシーを拾った。おしゃべりを始めた運転手の男性(39)に、私が記者でアトピーの取材に来たことを伝えると、思いがけない答えが返ってきた。


「俺の子どももアトピーだ。12歳の長女は治ったけど、5歳の長男は今もかゆがっている」




マニラのビジネス地区にある病院に勤める小児皮膚科医のマリアローデス・パルメロ(45)が運転手の言葉を裏書きした。「フィリピンにも、子どもから大人までアトピー患者はいますよ」


フィリピン皮膚科学会によると、マニラを中心とした11の医療機関のアトピー患者数は、11年の2468人から、15年には4698人に増えている。


わずかな間に急増した理由についてパルメロは「急速な経済成長や大気汚染が原因だと思います。医師の理解が進み、患者を特定できるようになったことも大きいでしょう」と語った。


フィリピンの国内総生産(GDP)は、私が留学していた04年は約10兆円。今年はその3倍以上と見込まれる。約8300万だった人口は、14年に1億を突破。通勤時間帯の朝や夕方になると、大通りには車の渋滞の長い列が続く。高層ビルも目立って増えた。


かつて私が完治を夢見た国は、先進国を追いかけるように経済発展を遂げる一方、アトピー患者を増やしていた。じゃあ、この国で暮らす患者は、どう感じているのだろうか?


チョロ・フランシスコさん
photo:Ishihara Takashi

待ち合わせ場所に行くと、チョロ・フランシスコ(14)が母親と出迎えてくれた。汗ばむ陽気なのに、長袖で帽子を目深にかぶり、緊張気味だった。


彼は9歳でアトピーを発症し、1週間に一度はかかりつけの医師に診てもらっている。1日2回のシャワー後に保湿剤などを塗り、それでもかゆくて眠れない時は自宅の周りを散歩して気を紛らわせる。症状が悪化し、昨年11月と今年3月に入院した。


学校の友達にからかわれたことはないが、「アトピーなのが恥ずかしい」とぼそっと漏らした。母親のモニック(46)は「もっと幼かった時は、ジョークを言ってよく笑う子だった」と振り返る。自身も高校生の時にアトピー症状があったと言う。「私が彼にアトピーの遺伝子を与えてしまったのね」


アトピーの特効薬の開発に期待しているか尋ねてみた。彼女はすかさず「毎日。毎日よ」と訴えた。母のストレートな思いが、胸に刺さった。


幼いころから私の夢の一つは「アトピーが治ること」だった。国が違っても、ほかの病気でも、患者の治りたいという気持ちに変わりはないと思う。


ただ、私の場合、35年生きてきて完治していないので、半ばあきらめている、というのも本音だ。


そんな気持ちを吹き飛ばすようなニュースを今年に入って相次いで目にした。


新薬が開発されたというのだ。


(石原孝)

(文中敬称略)

(本編2「『完治の夢』は市場原理とともに」に続く)

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