RSS

感染症との新たな戦い

[Part2]大陸、大洋を越えて ジカウイルス感染症



大陸、大洋を越えて

小頭症のエロイージを抱く母マリア(ブラジル)撮影:小川裕介



リオデジャネイロ五輪を前にした一昨年、世界が身構えたブラジルのジカウイルス感染症(ジカ熱)は、海の向こうからウイルスがやってきて、蚊を媒介して広がった。感染拡大はまだ終わっていない。


5月中旬に訪ねた南米大陸最東端の街、ブラジル北東部ジョアンペソアのスラム街では、昼間から路上で少年たちが大麻をふかしていた。そんな一角で2015年11月に生まれた小頭症児のエロイージは、1歳になったいまも、頭囲が生後1カ月の乳児の大きさほどしかない。体が硬直しがちで座ることができず、目にも障害がある。


彼女の誕生に前後して、この街や周辺で小頭症の子どもが次々と産声を上げた。地元の産婦人科病院だけでもこの年9月からの約5カ月間で200人を超えた。「原因もわからないまま、出産後の母親たちを支えるので精いっぱいだった」と産婦人科医師、ジュリアーナ・アラウジョ(40)は振り返る。


15年は記録的なエルニーニョ現象の影響でネッタイシマカがブラジルで大発生した。これが媒介してジカ熱の感染が広がった。エロイージの父ジュリアーノ(33)も発疹や発熱などの症状が出た。妻マリア(30)もこの時に感染したとみられる。しかし、マリアを含めジカ熱の存在すら知らなかった人びとは気にとめなかった。ジカ熱の流行と、妊娠中の感染が小頭症と関係していることが明らかになるのは後になってからだ。


もともとブラジルとは無縁だったジカウイルスはどこからやってきたのか。


ウィルス研究所の所有であることを示す「ジカの森」の看板
photo:Ogawa Yusuke

「ジカの森」。東アフリカ・ウガンダのビクトリア湖畔にある森林がその「故郷」とされている。国際空港から乾いた風のなかを車で20分。森に足を踏み入れると、一転して鳥のさえずりと湿った空気に包まれた。ここはウガンダウイルス研究所が所有し、動物のウイルス感染に関する実験林でもあった。


1947年4月、高熱を出した実験用アカゲザルの血液から世界で初めてジカウイルスが検出された。しかしその後のヒト感染は、80年代までにアフリカのウガンダやナイジェリア、アジアのインドネシアなどで数えるほどの例が記録されているだけだ。これらの国々では遺伝子検査がほとんど行われていなかったため、ジカ熱と気づかれなかった例も多かった可能性はある。


明確で急速な感染の広がりを見せ始めたのはウイルス確認から60年後の2007年。西太平洋・ヤップ島で起きたアウトブレイクで、住民約7000人のうち約500人に発疹や発熱の症状が出た。人びとがデング熱だと思っていた病は、支援要請を受けた米疾病対策センター(CDC)の調査の結果、ジカ熱とわかった。




13年にはヤップ島から東に約8000キロ離れた仏領ポリネシア、翌14年にはチリのイースター島にも到達。15年にブラジル、そして、米国南部でも感染例が報告されている。


ジカウイルスにはアフリカ系統とアジア系統がある。ブラジルで小頭症など神経障害をひき起こしているのはアジア系統だ。最近の研究で、アジア系統は感染を繰り返すうちにウイルスが変異し、ヒトに適応して感染力が強まった可能性が指摘されている。南米大陸までの長い「旅」の途中で変異したのか。


ブラジルでジカ熱の感染が初めて確認されたのは15年5月だったが、最近のゲノム解析の結果、14年2月までにはウイルスはブラジルに到達していたことがわかった。13年6月にサッカーのコンフェデレーションズ杯がブラジルで開かれ、仏領ポリネシアのタヒチも出場した。タヒチの試合は、後に小頭症が数多く報告された北東部のレシフェでも行われた。レシフェにある大学病院医師のマリア・アンジェラ・ホシャ(69)は「このときに上陸した可能性もある」と話す。

小頭症児を診察してきたマリア・アンジェラ・ホジャ
photo:Ogawa Yusuke



小頭症児が次々生まれていた16年2月、世界保健機関(WHO)事務局長のマーガレット・チャンは緊急事態を宣言した。この時点ではまだジカ熱と小頭症の因果関係は明確ではなかったが、「強い疑いがある」として踏み切った。決断の背景についてWHO事務局長補のブルース・アイルワード(55)は「エボラ危機の反省から、各国との情報共有などすべてが迅速に進められた」と話す。


「ジカ」とはウガンダの言葉で「成長し過ぎた」(overgrown)という意味だ。深く大きな森だったという。しかし、国際空港と首都カンパラの間に位置する森はいま、住宅や商店に囲まれ、近くで高速道路の建設が進む。森の面積はかつての1割程度まで減った。「私たちはウイルスと隣り合わせで生きている。森の破壊が進めば、別のウイルスによるアウトブレイクがどこかで起きるかもしれない」とウガンダウイルス研究所のジュリウス・ルトワマ(57)は話した。


(小川裕介)

(文中敬称略)

(次ページ「日本上陸寸前だった 空飛ぶマーズ」へ続く)




この記事をすすめる 編集部へのご意見ご感想

  
ソーシャルブックマーク
このエントリーをはてなブックマークに追加
Facabookでのコメント

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

Information | 履歴・総合ガイド・購読のお申込み

Editor's Note | 編集長から

PC版表示 | スマホ版表示