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フランスの果てへの旅

[Part1]傷んだ地方都市/ルーベ

ルーベの街角
photo:Endo Ken


エナンボモンから北へ車で45分、ベルギー国境近くのルーベに入ると、街の雰囲気はがらりと変わる。


繊維業で栄え、フランスのマンチェスターと言われた輝かしい過去の栄光を優雅な市庁舎が物語る一方、ここは全仏で最も貧しい町のひとつである。45%もの住民が貧困ラインを下回るなか、犯罪率は全仏平均をはるかに上回る。歩いていておびえるようなことはないが、かばんを握る手がやや硬くなる。


もう一つの特徴は、北仏でも随一といわれる移民とその2世、3世の多さだ。町の中心地で、一見して明らかにムスリムの服装をしている人の割合が増える。


ここで、市役所で長らく移民の統合に携わった女性と話し込んだ。40代後半だろうか。仮にマダム・シューとしておこう。左派政権時代には幹部だったが、いまは求められればアドバイスをする程度で、目立たぬように勤務しているという。したがって匿名が条件だった。


彼女によれば、ルーベは、産業革命以来ずっと移民を受け入れてきた。19世紀の栄華は、目と鼻の先のベルギーから流入した労働者によって支えられたところが大きい。その劣悪な労働・居住環境は、19世紀末には紛争の種となったが、産業家の意識とともに、少しずつ改善が進んでいった。



移民統合の失敗


第2次世界大戦後、状況が改善したベルギーに労働者が帰り、かわりに主にアルジェリア系の移民が入ってきた。市政が左派によって握られる中、経営のトップはリールかパリに移ってしまい、従来の労使協調の推進役を失ったルーベは、再び移民労働者にとって過酷な環境を放置した。

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