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なぜ幼児教育か

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[Part2]幼児教育が格差解消の切り札に? 経済学者が挑みます




米国では親が貧しくて子どもを保育園に行かせることができない家庭がたくさんある。この不平等を解消すれば、社会はどう変わるのか──。


シカゴ大学の経済学者でノーベル経済学賞を授かったジェームズ・ヘックマンは、幼児教育が貧富の格差の解消につながると考えた。


そこで過去に行われた調査を参考にした。その一つが1960年代、ミシガン州の貧しいアフリカ系住民の3、4歳児を対象にした研究だ。一部の幼児に無償で教育を行い、その後を40歳まで追跡したところ、教育を受けた子は受けなかった子よりも学歴や収入が高く、生活保護を受けたり、犯罪で逮捕されたりする割合が低かった。


これらの結果をもとに、幼児教育に投資したお金から、どのくらい社会の利益になったのかを計算した。すると、控えめにみても6~10%に達した。ヘックマンによると、戦後から2008年までの米国株式の配当利回り5.8%より高い。


一連の分析の結果、ヘックマンは、教育への投資効果は年齢が低いほど高くなるとも指摘し、格差は「貧者への施し」ではなく、「事前の投資」で解消すべきだと訴えた。



シカゴハイツの試み

撮影:中村裕

貧しい子どもへの投資が社会にどれだけのリターンをもたらすのか。それを実証する試みは今も続けられている。


同じシカゴ大学経済学部教授のジョン・リストは、シカゴでも最も貧しい地区として知られるシカゴハイツに無料保育園を二つつくった。10年9月のことだ。一つは読み書きといった「認知能力」の向上を目指し、もう一つは「ごっこ遊び」などを通じ社会性を育むことに力点を置いた。教育の中身と成果の因果関係を探るためだ。


調査では、①認知能力を主に教える園の子ども②社会性に重きをおいた園の子ども③園には通わないが、親に家庭で教育してもらうためのカリキュラムを教える家庭の子ども④一連の教育プログラムには参加しないが、調査に協力してくれる家庭の子どもの四つのグループを比べる。将来どのような違いが生まれるのか、社会にどのような効果をもたらすのか。効果を実証できれば、公教育の早期化という政策の実現に近づくと考えた。対象の子どもは3歳児と4歳児。教育プログラムを受ける3グループは抽選で選び、調査に使う1000万ドル(約11億円)は、シカゴの著名な資産家をリストが口説いて用意した。


保育園の運営は4年間で終了し、今は小学校に進んだ子どもたちを定期的に追跡調査している。最終結果が出るのは遠い先のことだが、すでに効果は表れている。


入園から4カ月後の知的能力を調べるテストで、入園前は全米平均を大きく下回っていた子どもたちが、平均を超えた。親が研修に参加した家庭の子どもたちも、社会性や心の発達を評価する項目が上向いた。「親が学ぶ」効果は、未成年で子どもを産んだといったような、子育てのリスクが高いとされる家庭で、とりわけ高かった。

ジョン・リスト
photo:Nakamura Yutaka



貧富による教育格差

トーマス・アマーディオ
photo:Nakamura Yutaka

「奇跡が起きた」と、シカゴハイツの小学校区教育長トーマス・アマーディオは驚いている。「現状に満足してはいなかったが、お手上げだった。調査は親や子どもだけでなく、教師の態度も変えたんだ」と言う。小学校から派遣され調査に加わった教師がやる気になり、生徒指導の向上のための話し合いの時間をつくるようになった。親向けの研修会は今も独自に続けている。

自らも裕福とはいえない労働者家庭で育ったリストは「教育を受けても貧困から抜け出せないと思い込む親たちがいる。その考えを変えたい。貧富による教育格差を解消したい」と話す。


日本にとっても他人事ではない。世帯収入をもとに子どもを含む国民一人あたりの可処分所得を試算し、順番に並べた時に真ん中の人の額の半分(貧困線)に満たない人の割合を「相対的貧困率」という。13年の国民生活基礎調査によると、18歳未満の子どもの相対的貧困率は16.3%で、85年の調査開始以来最悪の数字となった。また、ひとり親家庭に限ると半数以上がこの相対的な貧困状態にあり、OECD加盟国の中でも最悪の水準となる。


国は14年に施行した「子どもの貧困対策法」にもとづき、幼児教育の無償化の範囲拡大と負担軽減を進めている。



(中村裕)

(文中敬称略)

「幼児教育≠早期英才教育」に続く)


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