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韓国のあした

[Part2]儒教で読み解いてみる




酒の席での作法とか、あちこちで気になる「儒教」の精神。それってやっぱり韓国社会を縛ってる? 現代社会と儒教の関係に注目している円光大学の責任研究員、チョ・ソンファン(46)に聞いてみた。



初めから話の腰を折るようですが、すべてを儒教で読み解くことは難しい。儒教が朝鮮半島に入ってくる前の考え方もあるし、日本の植民地時代や近代化から受けた影響もある。「こんな見方もあるのか」ぐらいの気持ちで受け止めていただければ。


朝鮮が受けいれた儒教の朱子学では「道理」を重んじます。つまり法律の上に「理」があるわけで、朝鮮時代なら王の上に、今なら政権の上に理がある。だから人々は自分たちに理があると思えば、法律的な判断とは関係なく朴槿恵の下野を叫んでデモをしたんです。大統領が理に背いたと考えたからです。


理を測る尺度は民の側にある。例えば国と国との合意が政府レベルでなされても、民のレベルの感情が理の面で解決しなければ、合意に反発が起きます。韓国と日本の慰安婦についての合意に韓国の人たちが今も反対するのには、理に基づいた主張があるともいえます。


整形手術と儒教


移民を儒教の視点からみてみると、若者は儒教的なものを嫌って飛び出しているのかもしれません。例えば若者は頭の固い人や融通の利かない人を指し「聖人君子」という言葉を使います。本来の良い意味を逆に悪い意味に使っている。それほど若者には儒教が嫌われている。彼らが移住を望むのは「聖人君子」の大人が動かす社会を嫌うからでしょう。


整形手術を儒教的に分析してほしい、ですって? 難しいですね……。儒教の基本に「修身」があります。整形手術が韓国で多いのは、常に自分自身を高め、理想の存在に達するための終わりなき自己開発なのかもしれません。


私は日本に6年間留学しましたが、日本の人たちは変化を好まない傾向があると感じました。どちらが良い悪い、優れている劣っているのではありませんが、逆に韓国の人たちは変化を怖がりません。韓国と日本では考え方の基準がそもそも違うことを、お互いに知ることが先なのかもしれません。


(聞き手・神谷毅)

「人口減少する日韓」に続く)



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