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韓国のあした

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[Part1]11歳の息子の夢は

photo:Lee Kyungiun

ある日の夜、11歳になる息子が真剣な顔つきできっぱりと言った。「お母さん、自分の将来の夢を決めたよ」


子どもらしく大きな夢なのだろうな。どんな夢?


「ぼく、大人になったら職場に入る!」


え? どんな職場なの?


「正社員になりたいんだ」


なんだか体から力が抜けてしまった。この日の夕方、一緒にテレビのニュースを見ていて「就職難」のことを知ったせいだと自分を慰めてはみたものの。


韓国の若者(15~29歳)の2016年の失業率は9.8%で、これまでで最も高い。さらに、この失業者数には含まれない就職活動中の若者(就職浪人も含む)の数は70万人近くに達し、こちらも過去最高だ。


ソウルを東西に流れる漢江(ハンガン)近くのワインバーで若い男女の悩みに耳を傾けてみた。




イン・ソウル


ソウルの名門大学を15年に卒業したチェ・ジンギュ(29)は、もう何年も公務員試験の勉強をしている。幹部採用試験に挑戦してきたが、昨年から一般の公務員試験に切り替えた。


韓国の公務員試験は幹部になる5級、一般公務員になる7、9級の3種類ある。ただ、ジンギュが「幹部試験より競争率は低い」と言う一般公務員のうち9級でもかなり狭き門だ。昨年は過去最高の23万人近くが受験し競争率は46.5倍。平均年齢は28.6歳まで上がった。


ジンギュは徴兵で2年ほど軍隊に入ったが大学を出るまで9年かかった。正確に言うと9年を「かけた」。卒業してしまうと企業の採用担当者への印象が良くないので、ずっと大学にいたのだ。「キャンパスは就活のためわざわざ休学する学生ばかりですよ」


彼は「将来、自分の子どもを『イン・ソウル』しようと思えば、大企業や公務員といった安定的な仕事を目指すしかないでしょう?」と話した。


「イン(in)・ソウル」は、ソウルの4年制大学に入ることを意味する流行語だ。就職に有利とされる名門大学に入る競争も当然激しい。韓国では塾を「私教育」というが、親は老後の備えに目もくれず私教育にお金を投じる。


彼の両親も例外ではなかった。韓国中部、忠清北道の山奥の村で生まれ、父は果樹園を経営している。家の近くに塾はないが、数学、英語、ピアノ、テコンドーなど同時に五つほどの塾に通った。英語は外国人の先生に遠くの街から1週間に1回、来てもらった。本人と先生の送り迎えは、すべて母親の仕事だった。

子どもの塾の送り迎え。塾を「はしご」するのか母親はバックをいくつも持っている
写真提供:東亜日報



結婚は一度も考えたことがない


韓国のある証券会社が2月にこんな報告書を出した。子どもが大学まで国公立に通って塾にいかない場合、1人当たりの教育費は3800万ウォン(約380万円)にすぎない。しかし塾を含むと多い人で3億1400万ウォン(約3100万円)を使い、少ない人でも1億ウォン前後は必要になる、というものだった。


高い教育費の負担は若者に結婚を思いとどまらせる。チェ・ユナ(34)は服のオンラインショップを運営する会社に勤めている。「彼氏がいるけど結婚は一度も考えたことがない」。周りで結婚した人は男性も女性も、住むところを見つけ、子どもを産んで育てることだけで人生に余裕がないと話す。韓国の16年の結婚は28万1700件で統計をとり始めてから最低。出生率は経済協力開発機構(OECD)加盟国でも最低の水準だ。


公務員試験の勉強を続けるジンギュは、結婚するなら相手の両親が老後にしっかり備えていることが条件だと話す。「前だけ見て走ってきた世代に老後を考える余裕はなかったのでしょう。でも、そのしわ寄せが僕たちの肩にかかってくるんですよ」


3人で話を交わしながら、いつの間にかワインを2本、空けてしまった。


韓国では3月から新学期が始まった。私の悩みは、小学5年になった息子を塾に通わせるべきか、スケジュールをどう組むか、働きながら送り迎えができるのかなど、たくさんある。


でも、私のこの悩みは、2人の若者の両親が20年も前に抱えていたものと変わってない。そう考えると、どこか苦い気持ちが消えなかった。




ファン・ソンジン

1971年、ソウル生まれ。大学で日本文学を専攻。時事通信ソウル支局を経て2005年から朝日新聞ソウル支局記者。主に経済取材を担当している。


「軽やかに国を出て北欧へ」に続く)



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