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自閉症を旅する

[Part1]1分24秒の異世界


とあるショッピングセンターに、自閉症の少年が母親に手を引かれてやってくる。ドアが開くと天井の蛍光灯のまぶしさに目がくらむ。通り過ぎる買い物客の手荷物の袋がこすれるガサゴソした音やドリンクをストローですする音が耳に障る。極彩色の商品やバルーン、テレビモニターがチカチカと視覚を刺激する。不快な波が押し寄せ、視界がかすむ。間もなく少年は耳をふさぎパニックに陥る……。


英国自閉症協会(*2)が昨年公開した1分24秒の動画(*3)は、自閉症の人たちに世界がどのように見えているかを伝える。障害への理解を深めるキャンペーンの一環で制作した。キャンペーン責任者のトム・パーサー(34)によると、当事者や家族ら約

7000人へのアンケートと約100人へのインタビューを参考にしたという。公開後、数十分で目標の視聴回数70万回を突破。よりリアルに体験してもらおうとVR(バーチャルリアリティー)動画も作り、イベント会場などで大勢の人に体験してもらったほか、小学校にVR用ゴーグルを配った。当事者から「自分のことをわかってもらえてうれしい」、親からは「子どもの苦しみがわかった」という声が寄せられたという。ただし、動画はあくまで一例で、自閉症の人の感覚は様々だ。


パーサーの14歳の息子も自閉症だという。食べ物へのこだわりがあり、長い間、トーストとパスタ、チーズしか食べられなかったそうだ。私の長男も長いことエアタオルの音と便器の自動洗浄が苦手だった。エアタオルは耳をふさぎたくなる暴風のように聞こえ、自動洗浄の水は突然襲いかかってくる洪水のように見えたのではないか。私自身、VRを体験し、長男が体感していた世界の一端をのぞき見た気がした。


………


ロンドンの西方約150キロ、バースにあるバース大学では、VRによる障害者支援の研究が始まろうとしている。担当のカリン・ペトリーニの研究室は黒一色に統一されている。体につけたマーカーを天井に設置された8台のカメラで正確に確認するためだ。室内を歩くと、カメラがとらえた動きがVRの世界に投影される。


外出時にパニックを起こす自閉症の人にVRの公園を散歩してもらい、複数の人に同時に話しかけられたり、近くを自動車が行き交ったりする環境を設定することで、その人が苦手とする要素を確認できる。音や光の程度を微妙に変えながら、苦手な環境に慣れる訓練もできるという。


バース大学を紹介してくれたのは自閉症の専門医として知られる大正大学教授の内山登紀夫だ。VRでは環境を操作できるので、自閉症の人の得意、不得意を探れるほか、就職の面接やコミュニケーションの練習に役立つと内山はみる。一方で「VRと現実世界は違う。きめ細かな人の支援や理解が大切なことは変わらない」と言う。




(太田康夫)

(文中敬称略)

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