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自閉症を旅する

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[Part1]アプリで伝える


私の長男(17)は、幼少時からトイレへのこだわりが強かった。百貨店に出かけると、すべてのフロアの男性トイレで「和式か洋式か」「洗浄便座があるか」を確認して回った。付き添う親は毎回、ヘトヘトになった。昔ほどではないものの、今もトイレへの関心は高い。その理由は分からない。


5歳のとき、「自閉スペクトラム症」(*1=診断名は広汎性発達障害、以下、自閉症と記載)と分かった。自閉症の人は、こだわりが強く、対人関係が得意ではない。適切な支援がないと、パニックを起こしたり、生きづらさを抱えたりすることもある。一方で、特定の分野で優れた才能を発揮する人もいる。


外からは見えにくい自閉症の内なる世界をもっと知りたい。どんな支援があれば生きやすくなるのか。自閉症の人はどんな可能性を秘めているのだろう──。長男の成長を見ながら、そんな疑問を抱き、自閉症の取材を重ねてきた。9年前、新聞紙上で「発達障害とともに」という記事を連載し、当事者の悩みを聞き、就労や子育て、支援の現場を訪ねた。掲載後、当事者や家族らから1000通以上の手紙やメールをもらった。その後も取材を続ける中で、海外での興味深い取り組みを耳にし、訪ねてみたいと思った。長年の疑問への答えを探しに、欧米へ出かけた。


おおた・やすお

1968年生まれ。大阪社会部、生活文化部などを経て地域報道部記者。


1月、米カリフォルニア州サンノゼ。夫の転勤でここに住む久保由美と、重い自閉症の長男・渡(22)親子を訪ねた。由美は8年前、会話が苦手な渡のために、言葉や食べ物などを示すアイコンに触ると音声を再生するアプリ「Voice4u」を知人と開発した。そのことをメールと電話で取材し、記事にして以来の知り合いだ。その後、新たな会話補助アプリを開発し、渡が文章でコミュニケーションできるようになりつつあると聞き、直接会って話を聞こうと米国に飛んだ。


「昨日は何をしたの?」


言語聴覚士のマリリン・バードに英語で尋ねられ、渡は手元のiPadに指先を走らせた。「『ラ・ラ・ランド』を見ました」。間もなく、入力した英文をアプリが読み上げた。


「私に聞きたいことは?」。バードの問いに、「ええ……」と口ごもる渡。「文字で」と促されると、「この映画を見たことはありますか」と、声に出しながら打ち込んだ。


普段の渡の会話は単語を発する程度だが、このアプリを使えば、文章で思いを伝えられる。渡は文字を書くのが苦手だがキー入力はできる。特別支援高校を卒業後、地域の大学で数学や英語を受講し、アプリを使って講座に参加した。アプリを使ったコミュニケーションについて、渡は「楽しい」という。


渡が幼い頃から、由美は様々な物の絵と名前を描いたカードで息子の意思を確認してきた。カードは1000枚で5キロにもなる。渡は外で遊ぶたびに噴水や水場に飛び込み、濡れた衣類を脱ぎ捨てたので、由美のバッグは着替えも含め20キロに膨れあがった。「スマホにカードの情報が入ったら楽なのに」と思い、ボランティア活動で知り合ったスタンフォード大大学院の卒業生、樋口聖(37)に相談して生まれたのが「Voice4u」だ。約100カ国・地域で11万回ダウンロードされ、2013年には前出の会話補助アプリも開発した。


パソコンのほうがコミュニケーションしやすい。直接話しかけられると不安になる。人が僕の目を見ると怖くなる……。宿題の小論文で、渡は言語聴覚士の支援を受けながら、心の内を詳しく記述した。最近はタブレットに書き込む前に、入力する文章を口にすることもあるという。「僕は賢くなる」と言い続ける渡に、由美が「賢い人ってどういう人?」と尋ねた。渡はゆっくりと、「笑顔であること。幸せであること。正直であること。誇りを持つこと」と答え、由美を驚かせた。


渡の普段の会話は「イエス」「ノー」など簡単な応答がほとんど。でも、彼の胸の内にはこんな魅力的な言葉や考えが、いっぱい詰まっているのだ。技術の進歩は、思いをうまく伝えられない自閉症の人たちの世界を外に開く後押しになるのではないか──。そう感じた。



(太田康夫)

(文中敬称略)

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