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国境を越える電力

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[Part3]電力、直流と交流何が違う?



アルトゥス変換所
photo:Muayama Yusuke

いまでは電気がない生活は想像もつかないが、電球や発電機が相次いで実用化されたのは19世紀後半からだった。その黎明(れいめい)期は、「電流戦争」とも呼ばれる激しい確執で幕を開けた。


最初は電圧が一定の「直流」による送電網を発明王トーマス・エジソンが提唱。その元助手で、ライバルの発明家ニコラ・テスラが電圧が変わる「交流」の原理を見つけ、電気をどうやって送るかをめぐって大論争になった。


結局、電圧の上げ下げが簡単で、設備も大がかりにならない交流に軍配が上がり、各国で交流の送電網ができていった。第1次世界大戦後には、電力需要が急増した欧州各国で周辺国とやりとりする「国際連系線」も広がった。


いったんは廃れた直流だったが、交流から直流へ変換する装置の開発などで使い勝手がよくなり、長距離をロスが少なく送れる長所が見直されて1950年代から商業利用が始まった。


電気は電線を流れるとき、抵抗による熱で一部が失われるが、電圧が高くなるほど、ロスも少なくなる。技術革新で電圧がだんだんと高まり、電力用半導体の開発で信頼性も向上。ニーズの高まりとともにコストも下がった。スイスの重電大手ABBグループによると、送電距離が400キロほどになると、直流の方が交流よりも安上がりになるケースが多いという。


そして、再生エネの普及や電力市場の発達で長距離送電の時代を迎えた2000年代、高圧直流に一気にスポットライトが当たった。今では世界中で計画が目白押しで、中国では80万ボルトの超高圧(UHV)送電線も次々とできた。110万ボルトのUHVも建設中だ。


交流では東京電力が1999年、鉄塔を100万ボルトで設計したUHV送電線を世界で初めて完成させた。ただ、当初想定していたほど電力需要が伸びず、変電設備の増強はせずに50万ボルトで運用している。一方、東電の技術指導を受けた中国は09年、交流でも100万ボルトのUHV(送電距離640キロ)の運用を始めた。



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