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被災地と復興庁

[Part4]なぜ時間がかかるのか






陸前高田市の今泉地区は、みそ・しょうゆ造りが盛んだった。100年続く小島麹店もその一つ。代表の小島智哉(39)は、自宅兼工場が流され、途方に暮れていた。半年ほどして、警察から電話がかかってきた。津波で流されたカバンが見つかったという。約500人分の顧客名簿や預金通帳が入っていた。「これで、みそ造りを再開できる」と喜んだ。


市から仮設工場を借り、補助金で設備も新調。14年春にみそをつくり始めた。「昔と同じ味だね」という得意客の笑顔に、今泉で本格再建する決心がついた。


ところが、街づくりに思ったより時間がかかるとわかった。土地が整うのは18年度。家や工場を建てるのはそれからだ。一方、仮設工場を借りられるのは18年12月まで。造成が間に合わなければ、廃業するしかないと小島は言う。


被災地全体では、高台移転しない地域を中心に産業復興が進みつつある。なぜ、陸前高田のように時間のかかる場所も残るのか。復興の大枠を定めたのは、民主党の菅直人政権が設けた「復興構想会議」だ。震災3カ月後の11年6月、防潮堤や土地のかさ上げ、高台移転などで安全を確保するという提言をまとめた。


いずれも大規模な土木工事を伴い、費用も時間もかかる。避難道を整えたうえで元の場所に住む、被災者にお金を配って自力での再建を促す、といった選択肢は示さなかった。自治体も提言に沿って復興計画を練った。この時点で、復興の長期化は避けがたかったというのが、今回話を聞いた関係者のほぼ一致した見方だ。





「人口流出が怖い」


構想会議の議長を務めた政治学者、五百旗頭(いおきべ)真は「何度も津波が命を奪ってきた地域で安全な街ができつつある。歴史上でも画期的な成果だ」と話す。ただ、被災地で目の当たりにした工事の規模は「想定を超えていた」とも語った。「10年かかる復興で人がいなくならないよう、魅力的な街にできるかが問題だ」


震災翌年に発足した復興庁にとって、構想会議の提言は「バイブル」(事務次官の岡本全勝)に等しい。立命館大学の都市工学者、塩崎賢明は「公共工事に巨額予算を流す路線が敷かれたところに、やっと復興庁が登場した。司令塔といっても、権限は限られていた」とみる。


「高齢者も多い被災地に、大がかりな復興が本当によかったのか」。復興庁で参事官を務めた他省庁の幹部は、その思いを表だっては言えなかったという。


いま、首長たちは人口流出への恐怖を口にする。岩手県大槌町は、人口が震災前から2割以上減った。約1000戸の復興公営住宅も、いずれ空き家だらけになるおそれがある。町幹部だった平野公三は、昨年の町長選で復興事業の見直しを訴え、現職を破って当選した。


「震災直後は、一寸先は闇という怖さにおびえていた」と平野は言う。「でもいまは現実が見えてきた怖さがある。今の方が、よほど怖い」



(江渕崇)

(文中敬称略)

(次ページへ続く)





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