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写真、広がる可能性

LifeStyle 更新日: 公開日:
家電・IT見本市「シーテック」で photo:Wake Shinya

■一眼レフカメラ、迎えるパラダイムシフト

女性が鏡の前に座ると、お肌の状況の分析が表示され、鏡に映る顔におすすめのメイクパターンが浮かび上がった。パナソニックが開発した「インタラクティブミラー」は、まるで「魔法の鏡」だ。鏡の中に設置されたカメラが、前に座る人の顔を認識し、コンピューターで解析してアドバイスをしてくれるのだ。

今年の家電・IT見本市「シーテック」では、カメラを使ったさまざまな製品が披露された。小さな人間型電話ロボット、卓球ができるアーム型ロボット、自動洗濯物たたみ機……。多くに、画像を解析する小さなカメラが仕込んである。

人工知能を搭載し、自己判断する家電では、カメラは人間の「目」の役割を果たす。こうしたカメラには「網膜」にあたる画像センサーが欠かせない。センサー技術はここ数年で飛躍的に高まった。後押しするのが、年10億台超の市場規模を持つスマートフォンだ。

厚さ1センチ弱の薄いスマホでは、画像センサーも小型化が求められる。カメラは消費者のスマホ選びのポイントだけに、機能向上も欠かせない。画像センサーでシェア首位に立つソニーは、設計の改良を重ね、光を効率的に取り込んだり、回路を基板と一体化させたりして、小型化と高機能化を追求してきた。

■日本のものづくりの「最後のとりで」

その存在感はデジタルカメラの世界でも増している。スマホより大きな画像センサーが必要だが、こちらもソニーが大手供給元だ。「ソニーに頼らなければ各社ともカメラ生産ができない時代になった」(業界関係者)とさえ言われる。ソニーは2006年、コニカミノルタのカメラ事業を買収し、カメラの「王道」ともいえる一眼市場にも参入。ミラーレスの「アルファ」シリーズを世界に売り込む。

ただ、カメラの進化を支えてきた一眼カメラ市場では今もキヤノン、ニコンの「2強」は健在だ。カメラ映像機器工業会(CIPA)などの調べでは、2014年の世界のデジタルカメラ出荷台数は約4300万台。うち一眼カメラは1300万台で3分の1弱だが、金額ベースでは約9600億円の市場の6割を占める。その8割近くを2社が分け合うとされる。

カメラはレンズやシャッター、ファインダーなど、独自設計による部品を組み合わせる「すり合わせ技術」の集積だ。キヤノンやニコンの強さはこの技術の蓄積に裏打ちされている。さらに、長年かけて海外販路とサービス体制を築き、報道カメラマンらの支持を得てブランド力を磨いた。韓国のサムスン電子なども参入を試みるが、まだ脅威にはなっておらず、カメラ産業は日本のものづくりの「最後のとりで」と言われる。

ただ、市場の覇者も変化の波を意識している。ニコン映像事業部の執行役員、中山正(54)は「業界にとってのパラダイムシフトは、デジタル化ではなくスマホの登場。競争軸が複雑になり、見えづらくなった」と話す。

■競争軸はどこに

スマホカメラの普及は写真に親しむ人の裾野を広げ、メーカー各社はこれを「追い風」とみる。だが、一眼レフの出荷台数は13、14年と2年続けて前年より2割前後減っている。コンパクトデジカメはピークの08年に1億1000万台だったが、14年は3000万台弱に落ち込んだ。広がった裾野を取り込んでいるのはむしろ、米GoProなど、ネットとの親和性を重視し、新しい楽しみ方を提案したカメラだった。

今後の成長を担保するはずの途上国市場では、「最初に触れるカメラがスマホ」という状況が生まれつつある。安価なコンパクトデジカメで利用者を増やし、高級機種の一眼へと移行させる従来の手法は通用しそうにない。

とはいえ、観光地に赴くと、キヤノンやニコンなどの一眼カメラを構えている人を多く見る。こうした観光客らは「思い出は良い画質で残したい」と口をそろえる。ニコンの中山は「利用者は自分のストーリーを写真や映像に載せる。それをどう支えていけるかだ」と言う。競争軸を見つけるカギはそこにある。

(和気真也)
(文中敬称略)

10月に千葉・幕張メッセであった家電・IT見本市シーテック・ジャパンでは、カメラを使ったさまざまな製品が披露されていた(撮影:和気真也、機材提供:BS朝日「いま世界は」)

■報道現場も変化に直面

報道現場でのカメラも21世紀に入って様変わりした。フィルムに代わってデジタル一眼レフが主流となり、写真の送稿もデータ通信になった。最上位機種では1秒に12コマの連続撮影ができ、イメージセンサーの高感度化で暗い場所での撮影も飛躍的に楽になった。

写真や映像を配信する世界的な通信社ゲッティイメージズは、最速で撮影の3分後に出版社に写真を届けることができるという。同社はロンドン五輪以来、試合会場の天井に取り付けたカメラを使った遠隔撮影を活用。カンヌ映画祭やラグビーW杯では360度撮影にも挑戦し、将来は五輪での導入も考えられるという。6月には仮想現実(VR)関連企業の米国オキュラスに写真の提供を始めた。「スタジアムで見ている試合がつまらなければ、VRで他会場の試合をリアルタイムで見られるようになるかもね」と遠隔撮影で2013年世界報道写真賞を受賞した同社のカメラマン、クリス・マクグラスは言う。

カメラの高性能化とスマートフォンの普及で、プロとアマチュアの垣根が低くなったという指摘もある。最近は事件や災害現場にメディアが到着する前に、住民や関係者が撮影している場合が多い。世界中の人がカメラを手にする今、プロたちはかつてないプレッシャーにさらされている。マクグラスはITの重要性を認めた上で言う。「最も大事なものは創造性とプロならではの視点。『見る力』を鍛え、常に質の高い写真を提供しなければ生き残るのは難しい」
(鬼室黎)
(文中敬称略)

■四角い常識、くつがえす

photo;Kishitu Rei

写真は四角い。そんな常識を覆すカメラが登場した。2013年に発売された「RICOH THETA(リコー・シータ)」シリーズは、カメラの両面についた魚眼レンズで360度を写し出す。

取材時、公式サイト(https://theta360.com)で写真を見ていると、開発担当の野口智弘が「ぐりぐりしてみましょう」と言う。意味を測りかねていると、野口は写真に指を当ててタッチパッドで上下左右に「ぐりぐり」動かした。四角い枠はそのままに、指の動きに合わせ被写体の大きさや遠近感が変わり、縮小するにつれ写真が円形に近づいていく。「見る人が自由に構図を決められます」と野口。8月に神奈川県海老名市に開館したRICOH Future Houseにはシータ専用の半球型スクリーンがあり、自分で撮影した写真を投影して楽しむことができる。

シータは「人間の目で見えるもの以上を撮ろう」という発想から生まれた。旅行やパーティー、映像作品のほか、インターネット上では不動産物件の紹介にも使われる。「意外な使い方をユーザーに教えられることも多い」と野口。没入感を伴うVRにも応用され、さらなる広がりを見せている。
(鬼室黎)
(文中敬称略)

■ここまできた内視鏡

医療分野にもカメラは欠かせない存在だ。「体中の穴ならどこにでも入ります」と光学・精密機器メーカー、オリンパスの高橋昌義(63)は言う。最新の泌尿器用内視鏡の先端部は直径わずか3~5ミリ。ほかにも長さ約6メートルの小腸を蛇腹のようにたぐり寄せて病変を見つけたり、直径6ミリの総胆管から結石を取り除いたりする機種もある。

オリンパスは1950年に世界初の胃カメラの実用化に成功し、先端部のレンズで臓器を直接見る内視鏡へと進化させた。消化器内視鏡では世界シェア7割を占める。中でも「狭帯域光観察(NBI)」は同社の最先端技術の一つで、ボタン一つで、がん細胞が増殖するために作り出す毛細血管を一定の波長の光で浮き立たせる。薬剤を使う従来の方法に比べ、病変の確認がしやすく、患者の負担も軽いという。

さらに、カプセルを飲むだけで検査できる内視鏡も現れた。97年にイスラエルの博士が特許を取得した「カプセル内視鏡」だ。大腸用は秒間4または35枚、小腸用は2または6枚の写真を自動撮影し、患者が肩から下げた記録装置に無線で転送する。医療機器メーカー、コヴィディエン ジャパンが扱う大腸用は長さ約3センチ、幅約1センチで二つのレンズが腸内を写す。腸管洗浄液と下剤を飲む必要があり、内視鏡に比べ約90%の確率で病変を検出するという。将来はカプセルでの治療も視野に入れた新技術は大腸がんなど大腸疾患の検診と診断に大きく貢献する可能性を秘めている。

(鬼室黎)
(文中敬称略)

■(取材を終えて)見る欲望がもたらす変化 鬼室黎 

カメラの進化とともに、人間の「見たい」という欲望は近年、ますます加速している。もはやカメラが写せないものはないとさえ言えそうだ。人はどうしてそんなに「見たい」のか。「見る」という行為に理由はあるのだろうか。

知覚心理学が専門の下條信輔・カリフォルニア工科大教授によれば、人間は目を開けているだけで、奥行きや色、におい、音まで予測できるほど膨大な情報を処理している。「視覚は五感の中で最も優位な感覚として他の感覚をリードする」と下條。脳にとって「見る」ことは喜びであり、人間は視覚で知り得た情報で、自分と世界の関係を知ろうとするのだそうだ。

喜びと情報を求めて、私たちはイメージを作り出すカメラの技術を進化させているのかもしれない。神戸大の大橋完太郎准教授(表象文化論)は、「カメラはイメージの収集、整理、陳列を半自動的なものにし、人間の『見たい、集めたい、見せたい』という欲望を現実化する装置として普及したのではないか」と話す。

暗闇でも明るく速く、肉眼では見えないものまで写しだす。時に言葉以上に感情や現象を伝えるイメージを求めて、人類はこれからも視覚の欲求に応え続けていくのだろう。

■(取材を終えて)運動会撮影の悩み 和気真也

長男が通う幼稚園の運動会が10月にあった。早朝から場所取りに並び、最前列から2列目に陣取った。いざ開会。ダンス、鈴割り、かけっこ。繰り広げられる熱戦。今年3年目。ずいぶん成長した。だが、感慨にふける余裕は無い。

2列目で、私は終始カメラを構えていた。「運動会」な瞬間を逃すまいと、先の展開を予測しながらファインダーをのぞく。ビデオ担当の妻は、違うアングルを求めて途中から別観戦。左右を見ても、カメラ、カメラ、カメラ。

米国の心理学者リンダ・ヘンケルは2013年、写真と記憶の関係を調べる実験をした。学生の集団を博物館に集め、見学して写真を撮る作品と、見学するだけの作品に分け、翌日、どちらの作品を正確に覚えているかテストした。結果、後者に軍配が上がった。ヘンケルは学会報で「テクノロジーによる記録に頼れば、目の前の出来事に参加する意識が薄れ、体験として記憶されにくい」と説明する。

なるほど。私は運動会に参加できていただろうか。長男にエールを送ったっけ? 写真の笑顔には満足しつつ、次回はカメラを少し横に置き、目いっぱい、声援を送ろうと思った。