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変わる既存メディア

World Now 更新日: 公開日:

6月1日、ワシントン。「世界ニュースメディア会議」には、70カ国以上から、報道機関の経営幹部ら900人が集まっていた。

世界的に、若い世代の新聞離れが進み、経営が厳しくなる新聞社が多い中、参加者の注目を集めたのが、「米国の大手紙発行者からの前向きなシグナル」と題された討論だった。

登壇者の一人は、有力紙ワシントン・ポスト社長のスティーブン・ヒルズ。「今年第1四半期のユニークビジター数(UV)の伸び率は、バズフィード、ハフィントンポストなどを上回り全米でトップだ」と胸を張った。

米ネット通販大手「アマゾン・ドット・コム」の創業者、ジェフ・ベゾスが、ワシントン・ポストを個人資産で買収すると発表したのは、2年前のことである。米国では新聞社の倒産などが相次ぎ、ワシントン・ポストも慢性的な赤字に苦しんでいた。

人員削減で「縮小経営」に走る新聞業界の中で、ワシントン・ポストは、逆張りの「拡張路線」に出る。記者や技術者を次々と採用し、ニューヨーク事務所の技術者も増やした。地方紙など約300の新聞社と「パートナー」となって、その地方紙の読者がログインすれば、無料でワシントン・ポストを読めるようにした。

また、アマゾンのタブレット端末「キンドルファイア」に、標準アプリとして、ワシントン・ポストを載せた。6カ月間は無料。次の6カ月も1ドルなので、「キンドルファイア」を購入すれば、ワシントン・ポストが格安で読めることになる。

記者(山脇)も購入したが、新聞紙面やパソコン版と違い、おしゃれな雑誌でも読むような感覚だ。デザインやレイアウトによる印象の違いに驚いた。

会議の約1カ月後。詳しい話を聞くために、社長のヒルズをインタビューした。

ウォーターゲート事件でニクソン大統領を辞任に追い込むなど、輝かしい歴史に彩られるワシントン・ポスト紙だが、その本社ビルは、古びた9階建て。7階の役員フロアの突き当たりにある社長室も、こぢんまりしている。

広告営業などの出身であるヒルズが力を込めたのは、「ジャーナリストと技術者との協業」だった。「読者が携帯電話で読むのか、タブレット端末か、パソコンかなどに応じて、編集者や技術者は共同で対応を考える必要がある」

非上場企業のワシントン・ポストは収益を公表していないが、サイトへのユニークビジター数は月間5000万人を超えたという。

利益を度外視してもシェアを取れば、あとから利益はついてくる。現在のワシントン・ポストの方針は、アマゾンを成長させた際にまず規模の拡大に集中したベゾスのやり方に重なると指摘される。

ワシントン・ポストは年末、近代的なビルに本社を移す予定だという。

記事の品質の高さから、かつては「灰色の貴婦人(グレー・レディー)」と呼ばれたニューヨーク・タイムズ。灰色の新聞紙ではなく、カラー写真や動画、グラフィックスなどが豊富なデジタル版に力を入れ、生き残りを図っている。

大変革のきっかけは、社内で若手を中心とした10人のチームが、新聞が新興メディアに負けている理由を徹底分析した昨年3月の報告書「イノベーション」だ。チームは、半年かけて、社員やオンラインメディアを含む競合他社の社員ら計約350人に話を聞き、100ページ近い報告書にまとめた。

報告書は「読者を開拓し増やす努力」がタイムズに欠けていると分析。「特ダネを書いた記者が、掲載から2日間も自分の記事についてツイートしなかった」「年配の編集者にデジタルへの後ろ向きな態度がみられる」と、自社の体質を批判した。そして、真の「デジタル・ファースト」の新聞社になる戦略を実行せよと提言した。

会議に出席したニューヨーク・タイムズ発行人アーサー・サルツバーガーによると、同紙は提言を受けて「読者開拓」などのチームを結成。オンラインサービスの利用が今年4月、前年同月比で28%増、モバイルサービスは50%増となった。

タイムズは、翌日の新聞の1面トップを決めるために開いていた夕方の編集会議のあり方も変更。モバイル端末で読む読者を念頭に、どんなニュースをどのタイミングでウェブサイトに掲載すれば、米国や世界の読者が、新しい記事を常に楽しめるのかを議論する場とした。

サルツバーガーは「(編集というのは)自分たちの記事を、モバイルでいかに読んでもらうかや、検索やソーシャルメディアで見つけられやすい見出しをどう付けるのかを考える作業だ」と説明。「読者がいるところに(記事を)展開せよ!」としめくくった。
(山脇岳志、津山恵子)(文中敬称略)

──ワシントン・ポストは、(アマゾンのオーナーである)ベゾス氏が買収して以来、何が変わりましたか。

「グラハム家がオーナーだったころから、もともと長期的な視野で、顧客志向ではあったが、ベゾス氏がオーナーとなって、さらにその傾向が強まった。最も大きな変化は、ベゾス氏が、社内のエンジニア精神を発展させたことだろう」

「アマゾンは、顧客にとって、使い方がとても簡単だ。だからこそ、アマゾンは優れている。ベゾス氏が我々にもたらしたのは、物事をシンプルにして、顧客が使いやすくすることだ。キンドルファイア上のワシントン・ポストのアプリを使うとわかってもらえると思う」

──ワシントン・ポストのジャーナリストの文化も変わりましたか。
 
「我々は優れたジャーナリストであり、すぐれたテクノロジストでもありたい。どちらかではなく、両方だ。ジャーナリストと技術者は、お互いに学びあっている。そして、新しい技術を使い、新しい端末に適したさまざまなやり方で、記事を創りだしている」

「ニュースの正確性や記事におけるジャーナリズム精神は、普遍的で神聖なものだ。しかし、携帯電話で読むのか、タブレット端末なのか、デスクトップパソコンなのかなどに応じて、編集者や技術者は、共同で顧客対応を考える必要がある。ビートルズでいえば、ジョン・レノンとポール・マッカートニーのように手を携えてね」

──バズフィードやVoxといったオンライン・メディアは、テクノロジーで優れています。競争相手として脅威を感じていますか。

「ベゾス氏は『(同業他社といった)競争相手より、顧客に関心を集中させよ』と言っており、良い考え方だと思っている。我々が開発した(記事と動画を管理する)新しいシステムには、他社も、ライセンス契約に強い関心を持っている。競争のことはあまり心配しておらず、我々の技術力に自信を持っている」

──若い世代、特にミレニアル世代への対応は?

「彼らの特徴は、スマホを中心に情報を取り、ソーシャルメディアを使いこなしていることだ。意外に単純な話なのだが、彼らに読んでもらうには、ミレニアル世代の記者に書いてもらうことだ。6月にサウスカロライナ州で起きた教会の銃撃事件の際には、一部の州の州旗にとりこまれている(南北戦争の)南軍のシンボルが話題になったが、うちのアレクサンドラ・ペトリ記者は、すべての州旗を取り上げたおもしろい記事を書き、あっという間に拡散させた。ミレニアル世代に対する良いアプローチの一例だ」

──収益はどうなっていますか。

「非上場企業なので公表していない。競争相手にビジネスの中身を知られないようにするためだ。だが、UV数は、月間で5000万人を超えており、昨年よりも66%も伸びた。営業収入も増えている」
(聞き手・山脇岳志・津山恵子)

昨年7月、米AP通信はメディアのあり方を左右しかねないある実験をした。米主要企業から発表される2014年4~6月期の決算の記事約3000本を、機械に書かせて配信したのだ。

ニューヨークのAP通信本社に、このプロジェクトを始めた副社長のルー・フェラーラ(45)を訪ねた。

機械で記事を書くことを考えたのは2012年だったという。「テレビのライブ中継やソーシャルメディアの広がりで、スポーツニュース速報の配信は押され気味だった。いち早く結果を配信するだけなら、自動でできるのではないかと思うようになった」

入力したデータから自動的に文章を作るソフトウェアを開発した会社「オートメーテッド・インサイツ(AI)」と検討を重ねるうち、最も効率的なのは、企業の決算発表ではないかと思い至った。ニュースの量はほとんど変わらないのに、経済担当記者の数が減らされたという事情もあった。

AP通信が四半期ごとに報じてきた企業の決算は、時価総額が1億ドル(約123億円)以上の主要企業300社。ほんの一部の企業しかカバーできていなかった。

「企業決算の記事は基本的に数字の処理。自動配信すれば、簡単に速報でき、記者の負担は減る。記者には、解説や調査報道などをしてもらいたかった」

AIは企業決算をまとめているデータ会社から数値を取り出し、そのデータをソフトで処理して文章にする。そして、できあがった記事をAPに流すというシステムを作った。

ニューヨークのAP通信本社には取材中に亡くなった記者らの遺影が並ぶ一角がある。副社長のフェラーラは、「単純な記事を機械に書かせれば、殉職した記者たちのように、世界のより重要なことを報じることができる」と話した。 photo:Miyaji Yu

システム費用は「記者1人の給料1年分くらい」

記者からは「リストラしたいのか」「機械に記事が書けるのか」と疑問や不安の声がわき上がった。

「決算発表でピュリツァー賞をとろうなんてだれも思っていない。記者になった時にやりたいと思った仕事に立ち戻ってほしい」と説明。配信の試験の結果を皆で共有して検討を繰り返した。

記者が決算記事を書いていた時には、数字やスペルなどの間違いが5~7%あったと推測されるが、機械による配信ではほぼゼロになったという。

決算の記事が自動で配信されても、記者は決算発表の記者会見に出席する。「アップルやグーグルの幹部が重要な発言をしたらそれがニュースになる。記者はそっちに集中してほしい」とフェラーラ。当初懐疑的だった記者たちからも「数字の処理に追われず、質問や分析をする時間ができる」との声が上がるようになった。データが蓄積されていけば、過去のデータとの比較なども瞬時にできるようになる見込みだ。

システムの運営費用は「記者1人の給料1年分くらい」。導入に伴って解雇した記者は1人もいなかった。2015年4~6月期決算については時価総額7500万ドル(約92億円)以上の米国企業とカナダ企業計約4700社の決算をこのシステムで配信する見込みだ。

APは、NCAA(全米大学体育協会)の野球の試合速報などもこのシステムで配信。将来はより個人の関心に合わせたニュースを配信していく方針だ。

いつか、すべての記事を機械が書く時代がやってくるのだろうか。

「機械ができるのは数字の処理の部分だけ。法廷や議会の議論など、何をニュースとして取り上げるかを判断し、その場で質問するのは記者にしかできない。戦場など誰も行かない場所から報じることも重要だ。でもそのためには、メディアとして収入を得る必要もある」
(宮地ゆう)(文中敬称略)

米国で「ニュース」をめぐる競争が激しくなっている。オンラインメディアが力のある記者・編集者を次々雇い、新聞やテレビの独壇場だった政治取材の中にも確固たる地位を占め始めた。今の勢いがどこまで続くかは、まだ見通せない。それでも、メディアアナリストのケン・ドクターは、新興メディアは「軟派から硬派まであらゆるニュースの分野でいい仕事をしている」と指摘し、新しいメディアで従来のジャーナリズムの蓄積が生かされることは読者にもプラスだと評価する。

デジタル時代の技術を取り込んで生き残ろうとする「既存メディア」の対抗策も相まって、ニュースの見せ方や書き方も変わり続ける。

こうした変化は、米国だけの現象なのだろうか。世界最先端の技術が試され、リスクを厭わないマネーが流れ込む。企業は激しい競争にさらされ、働き手は次々職場を変える──。そんなアメリカ社会の構造が、急な動きの背景にあるのは確かだろう。ただ、ハフィントンポストのCEOがインタビューで指摘する五つのトレンドはいずれも、日本にもあてはまる。日本経済新聞社の英フィナンシャル・タイムズ・グループ買収でも、「デジタル戦略」が背中を押した。

大正大学教授の歌田明弘(メディア論)は、現時点での日米の違いとして、オンラインメディア間の競争の度合いに注目する。米国では、ライバルと差をつけるために、スクープを狙えるニュースの領域が注目されてきた。一方、日本ではヤフージャパンが圧倒的に強く、競争圧力はさほどではない。

歌田がもう一つ指摘するのは、広告収入の構造変化だ。米国では、雑誌的にテーマを深掘りしたオンラインメディアの一部で広告収入が安定し、幅広いニュースを含む独自コンテンツをつくる余力が生まれているという。

今のところ、日本のオンラインメディアの大勢は自前の総合的なニュース発信には距離を置く。しかし一方で、ブログや専門家による解説記事、インタビューなどではその存在感は増している。競争や広告の環境次第では、大きな変化が起きるかもしれない。
(文中敬称略)