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着物に明日はあるか?

[Part3]着物は復活できるのか






国会に登院した和装議連の議員たち
photo: Sako Kazuyoshi

すっかり過去のものになった「日常着」としての着物を、なんとか復活できないか。経済産業省は1月、業界関係者や有識者による「和装振興研究会」をつくった。成功例などを共有し、保守的な風土の強い着物業界を刺激する狙いだ。


着物の産地は全国に散らばる。政府発の和装振興論がこの時期に持ち上がったのは、地方経済の再生が政権の主要課題になったことも背景にある。


近年目立つのは、「古来の伝統」を強調して着物離れを食い止めようという動きだ。中学の家庭科に2012年度、浴衣の着付けなど和装教育が本格的に入った。06年の教育基本法改正で「伝統と文化の尊重」が目標となり、学習指導要領に和装教育が盛り込まれていた。


業界でつくる「和装教育国民推進会議」は1990年代半ばから、着付けや和裁を義務教育に採り入れるよう働きかけてきた。岡山市で呉服店を営む推進会議議長の近藤典博(68)は「伝統文化を小さいときに学ぶのが大事だ」。次は20年の東京五輪を見すえ、着物が世界遺産登録されるよう運動していく。




「日本の象徴」というイメージ


和装の義務教育への導入は、超党派の国会議員でつくる「和装振興議員連盟」が後押しした。通常国会初日の1月26日、議連の約80人が国会議事堂前に集まり、着物姿で記念写真に納まった。議連の事務局長を務める衆院議員、野田聖子は「和服は日本文化の象徴で、伝統を絶やさないためにも国会議員が率先垂範して着ないといけない」と述べた。


ただ、「日本の象徴」という着物のイメージは、歴史的につくられてきたという議論もある。服飾史を研究する日本女子大学准教授の森理恵は「華美な絹の着物を着たのは武家や裕福な町民層で、多数を占める農民は縁遠かった」という。


明治期以降、着方やデザインは変わっていき、近代化・西洋化していった。一方で昭和に入ると、台湾女性の着物姿の写真が日本への同化の証しとして新聞に載るなど、メディアで描かれる着物のイメージは逆に「日本の象徴」としての性格が強まっていった、と森はみる。「今の着物も、モノとしては脱日本化が進んだのに対し、イメージのうえでは強い日本性を帯び続けている」


(江渕崇)

(文中敬称略)

(次ページへ続く)






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