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着物に明日はあるか?

[Part1]仕立て・イン・プノンペン






毎週土曜、着物の生地が関西空港を飛び立つ。バンコクなどを経由し日曜に4000キロ超の空の旅を終えて着くのは、カンボジアのプノンペン。次は陸路で、未舗装のデコボコ道を15分ほど走り、集落内にひっそりたたずむ真新しい3階建ての建物にたどり着く。


京都市の着物メーカー「丹下信(たんげしん)」の工場だ。稼働直後の1月半ばに訪ねると、130平方メートルほどの大部屋で、46人の若者たちが作業机に向かっていた。日本の花鳥風月が描かれた生地を手に、慣れた様子で針や糸を動かしていく。平均年齢は21歳、男女は半々。彼らは着物の仕立て人だ。


日本では、4、5年かけて修業した仕立て人が全工程を一人で行うことが多い。ここでは袖や、胴部分の身頃(みごろ)などパーツ別に分業して効率化を図る。「SODE 6」「MIGORO 6」「ERI 4」などと書かれた壁際のホワイトボードが、各担当がその日に何人いるのかを示す。1日に50枚ほどの着物を仕立てていく。


「KENPIN(検品)」担当のジン・ラタナ(26)が、仕様書と作業途中の生地を見比べながら「MIGORO」担当の2人を呼び出した。「この留め袖、内側の丈がイチブ(1分)長すぎるよ」。ほどいてやり直しだ。手にしているのは「鯨尺(くじらじゃく)」というもの差し。寸や尺の単位で長さを測る和裁の作法は、ここでも健在だ。「最初は混乱しましたが、すっかり慣れました」




海外仕立ては業界の主流


指ぬきをはめ、身頃に襟を縫い付けていたコン・ピェロム(22)はここに来る前、中国系の洋裁工場で1年半ほど働いていた。「着物って知らなかったので、何それ?と興味を持ちました。布も薄くて柔らかいから、やりやすいです」。従業員の平均月給は約150ドル(約1万8000円)。現地の同種の労働者の標準より少し高いくらいだという。


午前11時半、誰が合図するともなく、全員が手を止めて一斉に3階へ移動した。乾期の心地よい風が吹き抜けるテラスで、昼ご飯だ。この日の献立は、鶏肉とカリフラワーの炒め物、魚と青菜の煮込み鍋、白飯。住み込みの夫妻が毎日昼と夜の食事を用意する。若者たちは全員地方の出身。1階の寮で暮らす。


「田舎へ行けば、いくらでも若い労働者が集まる」。工場をあずかる丹下信の第一事業部長、畑中守(57)は言う。同社は2012年、プノンペンの別の場所で仕立て事業を始め、規模拡大のため、いまの場所に引っ越した。


仕立ての技術を一から主に教えたのは、中国人だ。畑中は「ウチの中国工場から呼んだ腕利きの2人が、1年間住み込んで徹底的に教えた」と言う。


同社は20年ほど前、中国・上海に直営工場をつくって以来、年3万着分の仕立てを日本全国の小売店などから請け負ってきた。海外仕立ては業界の主流となったが、10年ほど前から中国の人件費が高騰すると、同業者の多くがベトナムに移転。海外仕立ての中心はホーチミン市周辺に移った。






より人件費の安い場所を探して


12年の日本の貿易統計から京都工芸染匠協同組合がまとめたところ、海外で加工された「絹製着物」の輸入先は、中国の18万枚をベトナムの42万枚が大きく引き離す。


丹下信も中国のコスト高に耐えかね、3年前にベトナムへの移転を考えた。だが、経済が急成長するベトナムでも人件費は上がり続け、若者が集まりにくいと同業者から聞いた。社長の丹下博文は、いっそのこと日本に工場を戻すことも考えたが、「国内には人材が不足し、もう態勢が残っていなかった」。


日本和裁士会の会員数は、1984年には6300人に上った。だが、海外移転や高齢化で2014年は1351人しかいない。同社はベトナム行きを断念し、より人件費が安い場所を探した。中国の5割、日本の2割で済むのが、隣国カンボジアだった。


畑中はカンボジア工場で各パーツをとりまとめる技術が、まだ日本に追いついていないのは認める。伝統衣装なのに海外で仕立てるなんて、という声も耳に入ってくる。「でも、そうしなければ着物を作り続けられない。だからここに来た。労働者は若いし、もっと技術も高められる」。自ら工場に住み込んで、のんびり屋の多い若者たちにハッパをかけている。


正確な統計はないが、いま着物の少なくとも半分以上、多くて7~8割が仕立てを海外に頼っていると、着物業界では言われている。



(田玉恵美)

(文中敬称略)

(次ページへ続く)



仕立て・イン・プノンペン

安い労働力を求めて海外をさまよう日本の着物メーカーを取材した(撮影:田玉恵美、機材提供:BS朝日「いま世界は」)






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