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日本とアカデミー賞

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オードリー・ヘプバーンが読み上げた結果 photo:Sako Kazuyoshi

2014年の作品賞は、英国のスティーブ・マックイーン監督が黒人奴隷の過酷な日々を描いた『それでも夜は明ける』が受賞した。日本国内の映画館に卸す「配給」を担当したのは、1986年創業のギャガ。大手スタジオが制作に加わっていないインディペンデント映画を扱う会社だ。
ギャガは、09年に作品賞を受けた『スラムドッグ$ミリオネア』以来、11年の『英国王のスピーチ』、12年の『アーティスト』、そして昨年と、ここ6年で計4本の作品賞受賞作の配給権を獲得している。
ギャガは今年も、『イミテーション・ゲーム』と『セッション』という2本の作品賞候補の配給権をすでに得ている。前者は、ナチスの暗号を解く実在の数学者を描いた受賞の有力候補。後者は、音楽家を志す若者と狂気の鬼教師がぶつかり合う物語で、ダークホースとして注目を集める。
映画ジャーナリストの大高宏雄は「結果的にその時代に勢いのある会社が配給権を獲得する傾向にある」と見る。例えば、ユニバーサルやパラマウントなどの作品を配給していたUIP(07年、日本支社解散)は99年の『恋におちたシェイクスピア』から02年の『ビューティフル・マインド』まで、4年連続で配給作が作品賞を取っていた。
映画の買い付けはインディペンデント映画の場合、国際映画祭のマーケットなどで上映された作品を見て、権利元と交渉して契約を結ぶことが多い。

企画段階から情報収集

しかし、ギャガはアカデミー賞に絡みそうだと見ると、作品が完成する前に押さえている。会長兼社長CEOの依田巽は言う。「脚本段階、いや企画段階からおびただしい情報を収集し、評価しています」。『アーティスト』がカンヌのコンペに参加した時も、『英国王のスピーチ』がベルリンに招待された時も、ギャガはすでに契約を結んでいた。
「ヒット作を数多く手がける配給会社には天才的な目利きバイヤー(買い手)がいる、という話をよく聞くが、あれはウソです」と言うのは、やはりインディペンデント映画の配給会社ロングライド社長の波多野文郎だ。「誰がどんな映画を企画しているといった情報をいち早く得るという地道な努力しかありません」
同社も『愛、アムール』『ブルージャスミン』といった賞レースをにぎわせた作品を数多く手がける。今年も、レスリングの五輪選手が射殺された事件に材を取った『フォックスキャッチャー』が監督賞などの候補になった。この作品は撮影前の12年に契約。昨年のカンヌのコンペに出た時はもう売約済みだった。
ギャガやロングライドがアカデミー賞に絡む作品を配給できるようになったのは、米国映画の作り手の大きな変化と深くかかわっている。長年、ハリウッドの大手スタジオが制作した映画が作品賞を受賞するケースが目立ったが、今はインディペンデント映画が主流になっている。

強まる日本映画志向

「欧州のアカデミー会員の意向が大きくなってきた」とギャガの依田は言う。同社が買った作品賞受賞作のうち、『スラムドッグ$ミリオネア』『英国王のスピーチ』は英国、『アーティスト』はフランス、『それでも夜は明ける』は英米合作だ。純粋な米国映画は1本もない。
アカデミー賞がインディペンデント映画中心になるのと軌を一にするように、日本の観客は日本映画志向を強めるようになった。日本映画の興行収入のシェアが21年ぶりに外国映画を上回ったのが06年。この年の作品賞は、ギャガの元社員が設立したムービーアイ・エンタテインメント配給の『クラッシュ』だった。
80~90年代の作品賞受賞作は『フォレスト・ガンプ/一期一会』や『レインマン』のような映画通好みの作品でも、配給収入で30億円を大きく上回っていた。配給収入は配給会社の取り分で、興行収入はその2倍程度とみられる。
近年の受賞作の興行収入は『スラムドッグ$ミリオネア』が13億円、『英国王のスピーチ』が18億2000万円。昨年の『それでも夜は明ける』は4億円だったが、依田は「日本人になじみの薄い題材だから、作品賞を取っていなければ1億円くらいだったのではないでしょうか」と語った。

photo:Sako Kazuyoshi

授賞式のリハーサルのため会場に行ったら、私の席は真ん中だったんです。出やすい席の人が受賞するんだろうなって思いました。でも当日、プレゼンターのオードリー・ヘプバーンが「エミ・ワダ」と読み上げ、「あ、きた」と。スピーチ原稿はハンドバッグの中。持って行くわけにいかないと気づき、黒澤(明)さんの通訳と一緒に壇上へ。オスカー像を見ながら「これには私の衣装は必要ないようです」と言ったら、どっと受けちゃった。「夫にも感謝」と言うと、通訳が「マイワイフ(私の妻)」と言ってしまい、またどっと受けました。
オードリーが、私の名前について「あの発音でよかった?」って聞いてくれた。オスカー像はケースがないから、セーターにくるんで持ち帰りましたよ。
ノミネートされるまでアカデミー賞に何の関心もなかったし、どれだけの価値があるかも知りませんでした。でも世界で非常に有名になった。今も次から次へと山のようにオファーがきて、今年も海外の映画やオペラの仕事があります。

映画作る者同士の連帯感

ただ、日本映画からは注文がない(笑)。故・大島渚監督『御法度』(1999年)が最後。『乱』や『利休』に使ったような衣装を映画のために作るのは、今の日本では難しい。職人が減って、お金も時間もかかります。
受賞後に会員になって以来、アカデミー賞は29年間途切れることなく投票し続けている。年末になると映画のDVDが次々届き、ノミネーションの投票のために見続けなくちゃいけない。授賞式も母や夫・和田勉が亡くなった時以外は出席している。会員も自分がノミネートされなければ有料。チケット代は徐々に上がり、昨年は1枚1000ドルで買いました。
投票と出席を続けてようやく、アカデミー賞のすごさがわかってきました。実際に映画界で働いている人が投票して決まるプロの賞。3Dの時代になっても、芸術の部分がやっぱり重視されるし、大ヒットして興行収入がいいからといって受賞できるわけじゃない。
最近は司会がテレビ向けだったり、授賞式がつまんなくなっちゃった。それでも会場にいると、映画を作る者同士の連帯を感じます。あと1回で30回。それまで投票しようかな。


1937年生まれ。黒澤明監督『乱』で衣装デザイン賞。張芸謀監督『HERO』など海外作品も多く手がける。

photo:Sako Kazuyoshi

『おくりびと』は納棺師という地味な題材だったので、なかなか出資者が集まりませんでした。TBSが入ってようやく撮ることができたんだけど、劇場公開にまた1年以上かかってしまった。
受賞前年のアカデミー賞は、仲間と一緒にテレビで見てました。その時、僕は「アカデミー賞を取るぞ! イェーイ」なんて言ってたんです。もちろん冗談です。参加の仕方も知りませんでした。
翌年、ノミネートされた時も「授賞式に行けるだけで幸せだ」と思っていました。ロサンゼルスにたつ前日、日本アカデミー賞の作品賞を取ったので、二日酔いで飛行機に乗りました。
授賞式の前日、外国語映画賞にノミネートされた監督5人が出席するシンポジウムがありました。イスラエルのアニメ『戦場でワルツを』が素晴らしいって、みんなで言ってたんです。でも、スタッフの技術は負けてないと思いました。
「ディパーチャーズ(『おくりびと』の英題)」と、プレゼンターが読み上げた時から、風景がスローモーションになりました。舞台に上がる階段の端が欠けているとか、客席で笑うブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー夫妻と目が合ったとか、脳裏に焼きついています。
スピーチの最後に「アイ・ウィル、ウィー・ウィル・ビー・バック(また戻って来るぜ=『ターミネーター』でのアーノルド・シュワルツェネッガーの決めぜりふから着想)」と言ったんですが、実は「アイ・ホープ」とも言ってるんです。拍手で聞こえなかったけどね。
授賞式で驚いたことがありました。テレビ中継のCM中にトイレに立つ人がいるでしょう。その空いた席に、代わりの人が座るんです。CM明けまでに戻ってこなくても空席にならないように。米国のショービズのすごさを感じました。
アカデミー賞を受賞してから監督をしたのは『天地明察』1本です。監督料が跳ね上がったからですって? 違いますよ。でも風評被害じゃないけど、「あいつは高いから」と言われたことがある。アカデミー賞は確かに名刺代わりにはなりますが、僕は早くそのことを忘れて新しい代表作を撮りたいと思っています。


1955年生まれ。『おくりびと』で外国語映画賞。『コミック雑誌なんかいらない!』『陰陽師』『壬生義士伝』など。

photo:Sako Kazuyoshi

昨年は二つのアカデミー賞のイベントでロサンゼルスに行きました。3月には宮崎駿監督の『風立ちぬ』が長編アニメーション賞にノミネートされたので授賞式に出席しました。僕ね、アカデミー賞が結構好きなんですよ。
豪華絢爛(けんらん)な大作に賞を与えるかと思えば、インディーズ映画にも目配りする。昔の映画は「娯楽」が基本。その中にどう「芸術」を入れるかを考えていた。ところがフランスのヌーベルバーグが出てきて以来、映画は娯楽と芸術に分かれてしまった。でもアカデミー賞を見ると、アメリカ映画界のバランス感覚が良い形で出てますよね。
授賞式に私は作務衣で行きました。普通はタキシードですよね。宮崎駿に「鈴木さん、あんなみっともない服を着るんじゃないでしょうね」と言われた。でもフランク・マーシャル(プロデューサー)に相談したら「絶対作務衣がいい」と。「必ず注目されて、『風立ちぬ』の大宣伝になるから。ただ、裸足はダメだよ」。だから足袋は履いていきました。
秋には、宮崎駿が名誉賞をもらったので、宮さんと一緒に授賞式に出ました。2人でタキシードを着てね(笑)。数年前までは、名誉賞も本賞と同じ授賞式の中で贈呈していました。今回行って、名誉賞を分離した意味が分かりました。
本賞はテレビ向けのショーです。名誉賞は中継はなく、私的な映画人の集まりなんですよ。500人の出席者の一人となる名誉を誰もが感じている。旧交を温めながら本当に楽しそうでした。
今年も、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』が長編アニメーション賞にノミネートされました。実は『平成狸合戦ぽんぽこ』の時に外国語映画賞の日本代表になったんです。でも、何もしないで放っておいたら落ちました。賞を狙うなら、アカデミー会員のリストを取り寄せて、まず見てもらわないと話にならない。後にスタジオジブリの北米配給をしてくれるディズニーは心得ていました。でも今回はディズニーではなく、GKIDSという会社に頼みました。大きな会社ではないが、アート系に強いので、『かぐや姫』にはそちらの方が良いと考えたんです。



1948年生まれ。「アニメージュ」編集長を経てスタジオジブリに。制作した『千と千尋の神隠し』が長編アニメ賞。

イラストレーション

橋本聡(はしもと・さとし)
1971年生まれ。桑沢デザイン研究所卒。雑誌、書籍、広告などで描く。