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大学ってなんだ?

[Part4]「大学は研究より教育の場である」/亀山郁夫・名古屋外国語大学長 






photo:Goto Eri




去年の春までいた東京外国語大学では、看板の外国語学部を言語文化と国際社会の2学部に分けることを柱とする改革に取り組んだ。昨今のグローバル化で「外国語学部」が扱う領域がどんどん狭まり、学生たちが必要とする情報を伝えきれないという認識からだ。20年来の構想だったが、老舗の看板を変えることに抵抗は少なくなかった。こと国立大学では大学を研究の場と考える先生が多い。優秀な先生ほど専門領域に閉じこもり、学生に対する教え方もこれまでのやり方を変えたがらない傾向がみられる。


だが、大学は一義的には教育の場だ。教員にとって研究はあくまでもプラスアルファであり、研究の成果を教育現場に還元することの方が、より重要だ。学生はもっと役に立つ語学力や、実践的な知識を身につけたいと願っている。先生方には、自分が持っている知識や教養を、学生が自らの教養知として落とし込めるよう、彼らと徹底して語り合い、教え伝える情熱が求められている。ハーバード大学のサンデル教授の講義のように、学生と教師が同じ場で対話を通じて学びを共有する体験は、教養を学ぶスタイルとして理想的だ。


では、学生たちは大学で何を学ぶべきなのか。私は、文学や芸術といった教養と、国際言語としての英語、さらにもう一つの外国語だと考える。いずれも人種や国籍を超えた人間同士のコミュニケーションに必要な道具であり、それらの習得を通じて養うべきは、相手の意見や気持ちを受け止める「共感力」だ。これがあって初めて、他者や他者が作ったものと一体化でき、学問を通じて得た知識を経験知として自らのものにできる。


学生自身が問題意識を持ち、求める情報が分かれば吸収は早い。ただ、知識追求の欲求が生まれるにはきっかけやプロセスが必要で、大学はそのための装置のようなものだ。仕掛けは少人数の参加型の授業だったり、海外留学だったり、サークル活動だったりする。キャンパスのあちこちでつねに何か起きているような、刺激的な「小宇宙」をつくりだすことにこそ、大学の存在意義があるのだろう。


(構成・後藤絵里)



かめやま・いくお


1949年、栃木県生まれ。東京外国語大学卒(ロシア語)、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京外国語大学長などをへて、2013年から現職。訳書にドストエフスキーの『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』(ともに光文社)など。


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