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大学ってなんだ?

[Part1]MOOCの誕生で大学が揺らいでいる









大学の存在意義を揺るがしかねない大変革が始まっている。震源地は米国。渦の中心にあるのは、大学講座をネットで無料配信する新たな教育サービスだ。Massive Open Online Coursesの頭文字をとり、MOOC(ムーク)と呼ばれている。


ムークの受講生は世界で1000万人に迫る。人気の理由は、無料なのに①一流講義の動画が見放題②宿題や試験もある③水準に達すれば教授から「修了証」をもらえる④受講生間で質疑や討論もできる、からだ。「修了証」は正規の単位ではないが、就職活動では学習証明の一種として使われるようになっている。


2年前、米国の名門大学が一部の授業で公開を始めた。代表的な配信機関は、ベンチャー企業のコーセラユダシティー、非営利機関エデックスの三つ。いずれも米国を拠点とするが、欧州、アジア、南米の大学も続々と参入するようになり、今では世界200以上の大学の教員が計1200の講座を用意している。英語が圧倒的に多いが、少しずつ多言語化が進んでいる。


生まれた家庭や国が貧しくても、ネットにさえつながれば学べる。従来は、入試を突破し、高い学費も用意できる人だけが受けてきた「壁」の内側の高等教育が、外にも開かれた。15世紀にグーテンベルクの活版印刷機が登場し、知が広く行き渡るようになった時以来の衝撃とも評されているのは、そのためだ。


そして新しい学びの形が誕生している。

ムーク機関のひとつ「エデックス」では、中央で話す教授の解説に合わせ、右側に英文字幕が流れる。左側には、講座の週ごとのテーマが並び、受講生は好きなものから視聴できる。写真は、国際政治学の大家でハーバード大学教授のグレアム・アリソンの講座『米国の国家安全保障の主要課題』。エデックスで無料公開中だ。





成績優秀者をヘッドハンティング

ムークの受講生がニューヨーク市内のカフェで開いた学習会。だんだん仲良くなり、終わると、飲み会に流れた/photo:Kanari Ryuichi


東京では通勤中にタブレット端末で受講する会社員が増加中。メーカー勤務の高橋治(37)は電車内で、米ペンシルベニア大学経営大学院の講義を聴き、週末は会計帳簿を練習。「あこがれの留学が、実現した気分だ」


米国では学習会が盛んだ。普段は一人で学ぶ受講生が週末、カフェに集い、教え合う。参加者は「今週の宿題できた?」などと助け合う。同級生のような会話だ。ニューヨークの会社員バルン・ナグパル(29)は「ムークなら高い授業料を払って大学に通わなくても学べる。週末の過ごし方が激変した」。学習会は東京も含め、世界に5000以上ある。


モンゴルでは天才少年が話題になった。受講時15歳。米国の名門MITの講座で満点を取り、教授を驚かせた。周囲の勧めでMITを受験。奨学金をもらい、昨秋から本物のキャンパスに通う。


有料だった教育を、なぜ大学や企業は無料で公開するのか。受講生を世界中から集め、一人ひとりの学習履歴がわかるビッグデータを回収できるからだ。


主な用途は二つ。一つ目は効果的な教育方法の研究だ。成績の良い人の学び方を統計的に調べる。いわば「天才の学び方」の研究だ。教材の改善にも役立てている。二つ目はビジネスだ。世界中の受講生の関心分野と成績を把握し、提携先企業に有料でデータを提供できる。人材紹介の仕組みを考案したユダシティー創設者は「ヘッドハンティング会社が請求する1人当たり2万ドル(200万円)よりは安いよ」と明かす。




ムークの講座と競う時代へ


ムークは当初、大学に行けなかった人など、大学の「外」で歓迎された。今は大学の「中」にも影響を及ぼしている。


米国の一部の大学では、名門大学のムーク動画を授業で使う実験が進む。学生は自宅で講義を視聴し、教室ではグループ学習や討論など対話重視の授業に参加できる。これまでも教科書は名高い教授によって執筆され、多くの大学で使われてきた。「ムークは21世紀型の教科書」というわけだ。


反発は大きい。サンノゼ州立大学では、ハーバード大学のサンデル教授のムーク動画の導入を大学側が提案したところ、哲学科の教員が、公開書簡で「ムーク導入論は支出削減の思惑に動機づけられており、大学の危機だ」と訴えた。1人の教員の講座を数万人が受けることに、「教育の多様性を奪う」との批判も根強い。


ムークのもたらす変革は始まったばかりだ。どこまで広がるかはまだ分からない。それでも学費の高騰が社会問題になっている米国では熱が高まる。


昨年12月、首都ワシントンでは、米科学技術諮問委員会がオバマ大統領に提言。ムークの発展を加速させるため、オンライン講座も正規の単位認定を受けやすくなるよう、講座の認定基準の緩和を促した。


これが実現すれば、学生は所属大学の外のオンライン講座も履修しやすくなる。従来、その大学の教員の講義であれば、教室には学生が集まった。だが、いずれは多くの講座が学外の講座との競争にもさらされる日が来るのかもしれない。


ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校でオンライン部門を率いるエリック・ラブキン(67)は言う。「視聴者が1曲ずつ買える配信事業の誕生で、アルバムとして曲を束ねて売っていた従来のレコード会社は力を失った。同じように、教授が講義を一つずつバラ売りで配信できるサービスが始まった。どの大学も、これからの大変革に備えた方がいいのではないか」


(金成隆一)

(文中敬称略)

(次ページへ続く)




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