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時をはかる

[Part1]救世主スウォッチから脱却せよ






ジャケ・ドローもスウォッチ傘下で復活を遂げた/photo:Wake Shinya

スイスは世界の腕時計づくりの中心地だ。なかでも、精巧な機械式ムーブメント(駆動部)で動く高級時計は、ほかに類のないブランド力がある。


この時計大国を支えてきたのは、素材から部品、道具づくりまで、中小零細企業が少しずつ担う「水平分業型」の産業構造だ。さまざまな部品や道具を手に入れやすい環境が、独創的な時計メーカーを育んできた。


ところが、近年、そんな環境が少しずつ変わりつつある。


スイス西部の小さな町ル・ロックルにある腕時計の針のメーカーを訪れた。金属を削る機械のかたわらで、ピカピカの針が机の上に並んでいる。従業員7人の小さな会社だが、丁寧な仕事ぶりに定評があり、名だたる時計のブランドから注文が入る。



経営者のガブリエル・ガフィオ(47)は2010年春、勤めていた時計部品メーカーを辞めてこの会社を立ち上げた。その翌年、意外なことがあった。商談に訪れた高級時計ブランドの担当者から突然、「出資を受け入れないか」ともちかけられたのだ。グループ企業にならないか、という誘いだった。


その少し前に、最大手のスウォッチグループが有力な針メーカーを買収していた。「針を自由に調達できなくなる」と恐れたライバルが、技術力のある針メーカーの囲い込みに動いたのだ。ガフィオは「創業から間もないうちのような小さな会社にまで手を伸ばすとは」と驚く。


ガフィオは即座に断ったが、誘いに乗る同業者もいる。「小さなメーカーが独創的な時計をつくる、という環境がなくなるのはさびしい」





クオーツ時計で反撃


こうしたグループ化の動きは、1990年代から活発になった。その20年ほど前の日本メーカーの台頭が遠因だ。


セイコーが69年、クオーツ式腕時計を発売すると、安くて正確な日本の時計が世界を席巻した。スイスの時計は高価で正確さに劣る機械式時計が主力だったため、大きな打撃を受けてしまう。60年代には2000社を超えていた関連企業が80年代には600社に減り、6万人が職を失った。


オメガやロンジンのような老舗メーカーの経営も苦しくなり、日本メーカーへの売却話さえ取りざたされた。頭を抱えた銀行団は83年、経営難のブランドをまとめて経営コンサルタントのニコラス・ハイエック(2010年に死去)に託した。そしてハイエックが生んだのがスウォッチだ。


スウォッチは、薄さとデザインにこだわったクオーツ時計で反撃に出た。


プラスチック基板にムーブメントを取りつけただけ。時計としては簡素だが、手ごろな値段とバラエティーの豊富さが受けて世界中で大ヒットした。ハイエックは利益をオメガやロンジンの立て直しにあて、苦境にあえぐ老舗ブランドや部品会社にも次々と投資した。スイス時計産業の救世主といわれるようになる。


だが、新たな問題が生じた。


スウォッチは「垂直統合型」の強大なグループとなり、他のメーカーは、スウォッチグループを介さずに部品を調達するのが難しくなったのだ。スウォッチが2002年、「グループ外へのムーブメントの供給を絞る」と発表したことで、ほかのメーカーは、「救世主」に対抗しないと生き延びられなくなった。


カルティエやIWCを傘下に置くリシュモングループ、ブルガリやタグ・ホイヤーをもつLVMHなどは、部品の自社開発や外部調達先の確保を急いだ。いまでは投資会社まで参戦し、合従連衡の動きは激しくなっている。




過去最高の輸出額

スイスの時計ジャーナリスト、エリック・オスナンジラールは言う。「スウォッチに頼るのではなく、各社が部品を開発したり、供給先を確保したりするようになっている。これこそ正しい競争だ」


ただ、この競争においては資本力がものをいう。かつてのように中小零細企業が支え合ってきた「水平分業型」から、グループ化による「垂直統合型」へ、スイス時計産業は転換を続けるだろう。


ル・ロックルの近郊で、スウォッチグループが新工場を建設していた。20年前には約3万人まで落ち込んだ雇用も、5万人まで回復してきた。スイス時計協会が発表した昨年のスイスの腕時計輸出額は202億スイスフラン(2兆1412億円)。前年より11.5%も伸びて、過去最高だった。




(和気真也)

(文中敬称略)

(次ページへ続く)

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