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時をはかる

[Part3]1兆分の1秒を操り、宇宙の起源を探る





加速器のトン得るは1周27㌔メートル。作業員は自転車で移動する/photo:Wake Shinya

1ピコ秒(1兆分の1秒)という極めて短い時間を管理する技術が、最先端の科学を支えている。そんな話を聞き、スイス・ジュネーブの欧州合同原子核研究機関(CERN=セルン)を訪れた。


陽子と陽子を高速で正面衝突させ、その直後に起きる現象を分析する実験をしている。それは137億年前のビッグバンで宇宙が誕生した直後の世界に近いとも言われ、いわば小さな宇宙誕生の瞬間をのぞき込むようなものだ。


実験には、LHCという巨大な粒子加速器を使う。総延長27kmのドーナツ状のパイプを地下トンネル内にはわせ、陽子を何周もさせながら光速に近いスピードまで加速して衝突させる。


CERN広報のアーノウド・マーソリアに、加速器のトンネルを案内してもらった。地下100mまで降りると、空気がひんやりとしている。緩やかに曲がっていて、先の方は見えない。自転車が何台か止めてあった。作業員が長いトンネル内を移動するためのものだ。1周27kmといえば、東京のJR山手線より少し短いくらいだ。歩くのはつらい。


直径15cmほどのパイプが2本、腰の高さぐらいでずっと延びていた。このパイプの中を、髪の毛の数分の1という極細の陽子ビームが光速に近いスピードで走り、反対側からきたビームと衝突する。1ピコ秒という超精密な時間の管理が欠かせないのは、陽子を加速させていくときだ。


CERN高周波グループリーダーのエルク・ジェンスンによると、10億分の2.5秒ごとに繰り返し陽子にエネルギーを加えて加速させるため、陽子が加速装置のところにくるタイミングを正確につかまないといけない。このタイミングが1ピコ秒でもずれたら、加速力は大幅に減ってしまう。1兆分の1秒という精密さでタイミングを合わせないと、陽子をうまく加速できないのだ。


これほど精密な時間の管理を人の手で何とかできるはずもなく、すべてコンピューターが計算してタイミングを調整する。「時間を精密に管理するのは実験の重要な要素だ。かつては補助的な技術と見なされていたが、最近は、この技術を専門に研究する人もいる」。ジェンスンは、そう説明する。


一昨年、物理学の先端実験における精密な時間管理の重要さを再認識させる出来事があった。


「CERNから飛ばした素粒子ニュートリノを、約730km離れたイタリアの検出器で受ける実験をしたところ、光より速く移動するニュートリノが見つかった」。国際チームの発表が世界を驚かせた。だが翌年、この結果は誤っていたことがわかった。イタリア側の設備で、実験機器の時計と外部の時計を結ぶケーブル端子の差し込み方が甘い部分があり、時間に誤差が生じたとみられている。


CERNでは、高精度でシステムの時間管理ができる新たな技術を一部の実験で使い始めた。プロジェクトの名前はホワイトラビット。『不思議の国のアリス』で、主人公を不思議の国へといざなう時計をもった白ウサギにちなんで名づけられた。



(和気真也)

(文中敬称略)

(次ページへ続く)


1兆分の1秒を操る

スイスのジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究機関(CERN)を訪ねた。1兆分の1秒という精度の時間管理が要求される実験の世界(撮影:和気真也、機材提供:BS朝日「いま世界は」)


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