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時をはかる

[Part2]300億年で誤差1秒





「時間は時計の概念が変わるかもしれない」と香取秀俊は言う/photo:Tanaka Ikuya

悠久の時をへても正確に時を刻み続ける――。日本で生まれた超高精度の「光格子時計」を初めて見た。その心臓部は段ボール箱を少し大きくしたぐらい。予想していた大きさより、はるかに小さい。


「いずれは腕時計くらいになるかもしれない」。生みの親の香取秀俊(東京大学教授)は、そう話す。


光格子時計は、原子を振動させる光の周波数を物差しにして1秒を決める。原理的には、現在の国際的な「1秒の定義」のもとになっているセシウム原子時計と、さほど変わらない。


セシウム原子時計では3000万年に1秒の誤差が出るのに対し、香取はその1000倍の「300億年で誤差1秒」という精度を光格子時計で実現しようと考えている。100万個の原子を光の格子のなかに整然と固定し、周波数を一挙に測定して精度を上げる。


香取は2001年9月、光格子時計の原理を国際会議で発表した。「できるわけがない」と冷ややかな声がほとんどだったが、05年、実際に時計を組み立てて有効性を実証してみせた。


そしていま、12年前に掲げた「300億年で誤差1秒」というゴールが、じょじょにはっきりと見えてきつつある。



「1秒の定義」見直しへ


光格子時計は、新たな「1秒の定義」に使う世界標準時計の有力候補だ。


かつて「1秒」は、地球が自転する時間(1日)や公転の時間(1年)をもとに算出されていた。より正確なセシウム原子時計による「1秒」に改められたのは1967年。それから半世紀近くがたって時計の技術が進み、いま、国際度量衡委員会が定義の改定を検討している。


新たな「1秒の定義」のもとになる標準時計の募集は2001年に始まった。現在、8種類が候補にあがっている。光格子を使う方式のほか、80年代に考案された単一イオン光時計がある。日本に加え、米、英、仏、独などの標準化機関が研究に取り組んでいる。


現時点では、先に開発が進んできた米国の単一イオン光時計の方がやや精度がいい。ただ、光格子時計の精度も急速に上がっている。「光格子方式は短時間で測定できる。フランスやドイツなど多くの国が開発に取り組んでいることも有利だ」。産業技術総合研究所の洪鋒雷(こうほうらい)は、そう話す。


自国の時計が世界標準になれば、自らの科学技術力を世界に示せるだけではなく、新たな「定義」に基づく研究や産業を進めやすい。洪は言う。「欧米諸国は時の標準化の重要さを理解し、みな、その一角を占めたいと考えている」


新たな「1秒の定義」が決まるのは10年ほど先になりそうだ。



時空のゆがみが測定可能に


「300億年で誤差1秒」が実現できたら、どうなるのか?


「宇宙を観測しないと検証できなかった時空のゆがみが、目の前で測定できるようになる」と香取は説明する。


アインシュタインの相対性理論によると、重力が大きくなるほど時間の進み方が遅くなる。つまり、地面に近い方が時計の進み方が遅い。その差はきわめて小さいが、光格子時計を使えば、高さが数センチ異なる場所の時間の進み方の違いを測定できるという。香取は言う。「私たちの抱いている時間や時計の概念が、すっかり変わってしまうのではないか」


光格子時計/photo:Tanaka Ikuya

光格子時計は、GPSの高度化や大容量の高速通信などにも応用できると言われている。また、重力場を調べるセンサーの開発につながることも考えられ、資源探査や地震研究に役立つのではと期待されている。


(田中郁也)

(文中敬称略)

(次ページへ続く)



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