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ハワイに誘われて

[Part4]オバマ生んだ「誰もがマイノリティー」





オバマの出身校・プナホウスクール

観光地ワイキキと、高台に向かって広がる住宅地との間に、教会や住宅、商業地が混在する地区がある。その一角に、米国大統領、バラク・オバマが10歳のときから8年間通った私立学校、プナホウスクールがある。


史上初めてのアフリカ系(黒人)大統領のオバマは、ハワイ州出身の初めての大統領でもある。いまも長期の休暇には、ハワイで過ごすのが習慣だ。


「オバマを理解するには、ハワイを理解する必要がある」。プナホウスクールの理事長のジェイムズ・スコットは、オバマの妻、ミシェルのこんな言葉を紹介しながらいう。「オバマは、母方の祖父母と暮らしていた。いまも、住んでいたアパートがここから数ブロック先に残っています」


オバマの父は、ハワイ大学がケニアから初めて迎えた留学生。母はカンザス州出身の白人で、1960年に両親とともにシアトルから移り住んだ。二人はハワイ大のロシア語クラスで知り合い、翌年、バラクが生まれた。だが、結婚生活は、父のハーバード大進学を機に、3年足らずで終わった。母はインドネシア人留学生と再婚し、6歳のバラクをつれて、ジャカルタへ渡る。


しかし4年後、米国で教育を受けさせたいという母の希望で、一人でハワイに戻され、通ったのがプナホウだった。


プナホウは、1841年に設立。いま、幼稚園から高校3年生まで3700人余りが通う。生徒の9割が米国本土の大学に進むエリート校だ。オバマは奨学金で通ったが、豊かな家庭の子弟が多い。19世紀末には、のちに中国の辛亥革命を主導した孫文が在学していた。オバマの3学年上には、IT大手アメリカオンライン(AOL)を創業したスティーブ・ケースがいる。



スコット理事長/photo:Tanaka Ikuya

オバマの中にあるハワイとは何か。理事長のスコットは、人種や文化の多様性をあげた。「ここには、マジョリティー(多数派)はいない。だれもがマイノリティー(少数派)なのです」。スコット自身もハワイ先住民と中国人、そして白人の祖先を持つという。オバマが生まれた当時の米国では、異人種間の結婚を禁じる州が半数以上あった。しかし、アジアからの移民が多数をしめたハワイは、すでに異民族・人種間の結婚が珍しくなかった。


1999年、プナホウの同窓会誌に寄稿したエッセイの中で、オバマは、こう記している。「互いに尊重しあう風土のなかで、多様な文化を経験する。そんなハワイでの経験が、私の世界観の一部となり、そして、なにものにも代えがたい価値観となっている」


(田中郁也)

(文中敬称略)

(次ページへ続く)



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