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[Part2]規制に揺れたダンスカルチャー/ロンドン





ロンドンのクラブ「ミニストリー」の入り口にあった警告文/photo:Kamba Ryousuke

「警告! すべての入場者を監視カメラで撮影しています。映像を証拠として使用する場合もあります」


ロンドンの大手クラブ「ミニストリー・オブ・サウンド」の入り口に、ものものしい看板が掲げられていた。店内には、拳銃など危険物の持ち込みを防ぐための金属探知機まである。


1991年に設立されたミニストリーは、四つのダンスフロアを擁する巨大クラブだ。オフィスには約100人の社員が働き、どこかのIT企業のような雰囲気が漂う。「危ない」「いかがわしい」といった印象を抱かれがちなクラブ業界にあって、ミニストリーの健全化路線は徹底している。開発マネジャーのゲイリー・スマートは「安全でクリーンなビジネスをしてきたからこそ、成長することができた」と強調する。


英国のクラブは、日常からの解放を求める若者の文化的な拠点となってきた。その彼らが安全対策に力を入れるようになった背景には、1980~90年代にこの国で空前の盛り上がりを見せたダンスカルチャーと、それを規制しようとした当局とのせめぎ合いがある。


アーネスト・レアルさん/photo:Kamba Ryousuke

英国では80年代、シンセサイザーのうねるような音色が特徴の「アシッド・ハウス」と呼ばれるダンスミュージックが流行した。高い失業率、都市暴動……。サッチャー政権下で行き場のない不満をくすぶらせた若者たちは、農場や倉庫を不法占拠して、ゲリラ的にパーティーを開催。アシッド・ハウスは単なる音楽の枠組みを超えた社会現象として、欧州を席巻していった。


当時、アシッド・ハウスのパーティーを数多く手がけたアーネスト・レアルは「失業者から医師、弁護士まで参加し、70年代のパンクよりも大きな広がりを持っていた。パーティーを巡回にきた警察官が、帰宅後にバッジを外してやってきたことさえあった」と振り返る。


ケネス・タッペンデンさん/photo:Kamba Ryousuke

参加者の多くは違法薬物のMDMAを摂取していて、周辺住民に危害を及ぼす事例もあった。元警察官で国全体の対策にもかかわったケネス・タッペンデン(75)は「一晩でゴミ袋六つ分の麻薬を押収した。大人数の集団が制御不能になる危険もあった」と振り返る。


こうした状況に危機感を募らせた政府は94年、「反復するビート」の音楽を屋外で聴く集団を解散させることができるクリミナル・ジャスティス法案を可決させる。95年にはクラブでMDMAを摂取した18歳の女子生徒が死亡する事件が起こり、野外パーティーだけでなく、クラブの規制強化を求める声も高まった。


逆風の中、クラブのミニストリーは、MDMAによる脱水症状を防ぐための水の無償提供や、薬物売買が疑われるスタッフの追放といった改善策を打ち出した。開発マネジャーのスマートは「クラブ業界が生き残っていくために、政府に対して安全性をPRした」と話す。


法規制の嵐が吹き荒れた90年代半ばから20年近く。徹底した安全対策が奏功し、ミニストリーに代表される大規模クラブは大きく存在感を増した。かつてアシッド・ハウスの洗礼を受け、長年、クラブシーンを牽引してきた音楽グループ「アンダーワールド」は、昨年のロンドン五輪の開会式で音楽監督を務めるまでになった。「ダンスカルチャーが健全化し、体制に取り込まれてつまらなくなった」という指摘もあるが、ボーカルのカール・ハイド(56)はこう語る。


「ダンスカルチャーは今でもエキサイティングだと思う。たとえビジネスとして巨大になっても、その中から主流派に対抗して新鮮な音楽をつくろうとする人たちが現れるからね」


(神庭亮介)

(文中敬称略)

本編3に続く)

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