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お茶、再発見

[Part1]転機のセイロン茶、有機農法で付加価値めざす/スリランカ

ヌワラエリヤの高原で茶を摘む女性/photo:Igarashi Daisuke



真っ青に澄んだ空の下、黄緑色の茶葉が太陽に照らされて輝いていた。10年前まで世界最大の紅茶輸出国だったスリランカ。英国が150年前に作り始め、「セイロンティー」として名高いこの国の紅茶は、転機を迎えていた。


昨年12月中旬の朝。かごを背負った女性たちが、茶の新芽を摘んでいく。


「一番上の芽と、2枚の葉だけを摘むの。こうやってね」。ここで働いて6年になるというマニマラ・ヴァジアン(39)が教えてくれた。かごに入った茶葉は露でうっすらぬれている。鼻を近づけると、ほのかに抹茶のような香りがした。


標高1900メートル。スリランカ中部の高原地帯ヌワラエリヤにある、紅茶会社ペドロの茶畑だ。赤道近くだが、日が差さないと、日中も半袖では肌寒い。


スリランカは2000年代、低価格品でシェアを伸ばすケニアと中国に輸出量で抜かれた。スリランカの紅茶の95%が、機械ではなく人の手によって摘まれている分、割高になるためだ。


スリランカの紅茶生産は、英植民地時代の1867年に始まった。それまで盛んだったコーヒー栽培が疫病で壊滅的被害を受け、スコットランド出身のジェームス・テーラーが茶の栽培に成功したのが始まりとされる。コーヒー栽培から引き継いだプランテーション(大規模農園)で、英国人がインド南部から連れてきたタミル人を働かせてきた。



ヌワラエリヤ近郊にあるプランテーション工場。古い5階建てビルで茶葉を発酵・乾燥させ、紅茶を作る/photo:Igarashi Daisuke

いまスリランカの紅茶の最大の買い手はロシアで、アラブ首長国連邦、イラン、シリアなど中東諸国が続く。スリランカ紅茶局によると、英国への輸出は、ピークの1967年の8万3000tから2011年には1700tにまで激減した。紅茶局のハシッタ・アルウィスは「英国人が茶葉でなく、機械生産に向いたティーバッグを使うようになり、英国での消費の約半分がケニア産になってしまった」と話す。






プランテーション企業 全社赤字



現在、約20社がプランテーションを経営。大手企業の資料によると、2000年には1社を除いて黒字。だが11年は全社が赤字となった。労働組合の後押しによる賃金上昇などが経営を圧迫している。それでも、茶摘み労働者の日当はまだ500ルピー(350円)程度と他産業より低く、住み込みによる劣悪な生活環境も問題となっている。


スリランカの紅茶産業は、運送、包装など関連業界を含めると、人口の1割にあたる約200万人が携わるといわれる。生産の主力は、収益が悪化しているプランテーションから、南部の小規模農家に移りつつある。世界市場で生き残り、雇用の受け皿を守ろうと、業界では新たな付加価値探しが始まっている。


コロンボから南東に車で4時間。ヤシの木が生い茂る熱帯雨林に囲まれ、小さな茶畑が点在していた。世界遺産のシンハラジャ森林保護区に近い南部の村デニヤヤだ。中部の高原地帯で見た、数百ヘクタールの広大なプランテーションとは対照的な風景だった。


ほとんどは個人農家が所有する20ヘクタール以下の畑。すでに、スリランカの生産量の7割以上をこうした小規模農家が担う。最近目立つのは、化学肥料を使わず、牛のふんや虫を混ぜた有機肥料での栽培で差別化する工夫だ。



有機紅茶を生産しているピヤ・アベイグナワルデナさん/photo:Igarashi Daisuke

納入価格は1kgあたり58ルピー(40円)だが、有機栽培だと72ルピー(50円)。米国での農業研究から昨年帰国して有機紅茶を生産しているピヤ・アベイグナワルデナ(59)は、20万ドルをかけて2階建ての製茶工場を設けた。ブランド名は、サンスクリット語で「非暴力」を意味する「アヒンサ」。かつての内戦で多くの流血を見た経験から、平和への願いを込めた。「来年には生産量を現在の倍の年100トンに増やしたい」と意欲的だ。


地元産にこだわったブランド戦略で紅茶産業を支えようという起業家もいる。「Dilmah(ディルマ)」創業者のメリル・フェルナンド(82)だ。英国で、他国産の茶葉と混ぜられて「セイロンティー」が売られていた実態を見て起業。1988年に豪州で自社ブランドの紅茶を売り始め、現在は日本を含む約100カ国に販路を広げた。利益の1割は、スリランカの貧しい子どもたちの奨学金などに回している。セイロンティーのイメージ立て直しのため「売り上げの急成長は追わず、質を重視する」との姿勢を貫く。


(五十嵐大介)

(文中敬称略)

(次ページへ続く)


転機のセイロンティー

10年前まで世界最大の紅茶輸出国だったスリランカがその座を中国やケニアに明け渡した。世界市場で生き残りをかけて、新たな付加価値探しを始めた現地を訪ねた(取材・撮影:五十嵐大介、機材提供:BS朝日「いま世界は」)


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